五村富士評(2)

「多人数ラジオ」の役割分担。


 99年「ハック」MVP獲得記念。嘘ですけど。この文章自体、1ヶ月前には 書き終わってたんですけど脱稿するタイミング図ってました。まぁ新年一発目には ふさわしいかなということで。

 ところで、前々から「?」と思ってた方もいらっしゃるのではないでしょうか。 個別のサイトをコメントする時に、何故標題に(1)が付くのか。

 (1)があれば(2)もあろう、(2)もあれば(3)もあろう。という訳で 登場して頂こう!いざ出でよ!!我らが(2)よっ!!!

 何をそんなに力説してるんだよ、俺。

 つぅ訳でまぁ思い付いたことに関してはこうゆう風に回を重ねて いく形で論評、もとい、妄想を積み重ねていくつもりですので、 どうぞそのおつもりで>関係者各位。

 さて、本題。

 ある程度五村富士の各番組をお聴きになっている方でしたら、 「五村富士=キャラクター」の等号はたやすく脳裏に浮ぶのでは ないでしょうか。

 そん位インパクトあるんですよね。端的に言ってしまえば 「何者やねん、こいつら」と思わず聞き手に思わせてしまう 程個性に溢れています。というのが前回記したこと。

 実際全員ただ者じゃないんですけどね。 現に五村富士は既に「爆弾」いっぱい抱えてます。 その総天然ボケぶりとハイテンションで常に暴走し続ける 爆弾1号新村典子嬢。やさしくフォローする振りをして 実は崖に突き落とす芸風がすっかり板に付いた爆弾2号米光利恵嬢。 出演回数は少ないですが、常に我々の想像を超えた 暴走を見せ付ける爆弾3号村山祐樹氏。

 前衛ミサイルだけでこんだけ抱えてるのに、さらには 川勝佐織嬢、五島清富局長といった後衛ミサイル、 最近はついに野中政宏氏といった全方位ミサイルまで 装備しちゃいましたからね。どうなっとるんじゃ。 戦争放棄国じゃなかったんかい日本は。

 ってそうゆう小ネタはどうでもよくって。

 それよりも今ここまで読んで「?」と思った方もいらっしゃるのでは ないかと。なんか足りないな、とお思いではないかと。 「ん?足りてるじゃん」というツッコミは可哀相すぎるので やめましょう。って書いてたら一緒ですか。

 そろそろ冗談はやめておきますね。最後のメインメンバー、 平井博規氏。

 いたるところで「陰薄い」だの「喋らない」だの「存在感ない」だのと ボロクソ言われ ネタにされていますが、実は私、以前から「五村富士のキーパーソンは 平井博規氏である」と睨んでいます。

 今回はちょっとこの辺を突っ込んでみようかと思いまして。

 確かに世間一般的な常識、というかトーシロ考えから行けば、ラジオ番組で ひいて喋らないというのは大きなマイナスポイントになる、と考えがちです。

 ところが、このマイナスポイントがマイナスポイントとなるにはある条件が 必要なんです。それは、

 ということ。確かにこうゆう条件下だとサブい状況に なってしまうというのは容易に想像ができます。

 ところが「新五村川平吉」の場合、

 こうなってしまいます。実はこうなると状況は一変するんです。

 具体的に見てみましょう。

 例の如く新村嬢がボケたとします。通常の場合は、新村嬢に対して ツッコミ入れることで、話は転がっていきます。ところが時には新村氏の ボケに周りが乗じてしまうことがあります。これが言わば暴走状態。 勝手に命名してますが。

 この段階ではできあがった暴走が果たしていい方向に転がっていくのか、 それとも悪い方向に行かざるを得なくなるかというのは判断ができません。

 もうおわかりでしょう。話題のコントロールができなくなる寸前の 最後の砦。これこそが平井氏に課せられた使命に他なりませぬ。

 「はじけてる」時の放送を聞いてるとわかるのですが、全員がボケに 走ってる時に、唯一ツッコミに入ってるのは大抵平井氏です。

 このツッコミがあるとないとでは聞き手にとっては大違いなんですよ。 雲泥の差があると言ってもいい。

 というのも、出演者全員が突っ走ってしまうと、聞き手にとっては笑う以前に 「何をやってるんじゃこいつら」とひいてしまうんです。 そこに平井氏を配置することで、暴走する会話は 彼を透過させる形で客観視することができる。だから、この両者を 対比して素直に笑うことができるんです。いわば聞き手と暴走したメンバーを 繋ぎ止める命綱みたいなもんです。

 そうゆう意味ではむしろ「爆弾抱え過ぎてる」という五村富士の ある意味特殊なキャラクター構成だからこそ、平井氏のキャラクターが 必要になっているのかもしれません。

 時には平井氏一人では支えきれなくて、もろとも吹っ飛ばされる こともありますけど(というか多々あるという説も)、それはそれで いいんですよ。この場合でも「平井氏が吹っ飛ばされてもがき苦しむいる姿=現実」 として捉えることができる訳ですから。大切なのは「全員があっちの 世界に行ってる」と聞き手に思わせない事なんですな。

 よく多人数方のラジオ(インターネットラジオ、地上派を問わず)とかで、 「とにかくいっぱい人出して全員に騒がせて」みたいな形でやってる所も 多いですけど、「騒がしいだけ」の放送って案外聞き取りづらいもんなんです。

 「騒がしいだけ」から「騒がしくておもろい」にいかに変化させていくか、 これを示す格好の例と言えるでしょうね。多人数で番組作りたいとお思いの方は ぜひ参考に。

 機会ありましたら、「出席メンバーが4人以上のとき」と 「3人以下のとき」の平井氏を聞き比べてみてください。 立場、というか役割が大きく変化してるのがわかると思います。


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