ホームページを読まれる立場


ぶらぶらと日記とかひとりごととか伝言板とかを読み連ねてて、ふと 「ホームページのROM(Read Only Member)は果たして?」と いう話題にぶち当たりました。

 ROM。懐かしいなぁ。俺の場合DOM(Download only Member) だったけど。もっと悪質じゃん>俺。

 そんな昔(そうなの?)の話したいんじゃなくってと。元に戻る。

 ROMてのはパソコン通信時代から使われていた言葉で、 会議室を読むだけ読んで自分は書き込まない人のことを嘲って いってたスラングです。で、ROMってのはホームページに おいてもやはりマイナスの意味をなすのか?って話題でした。

 てな訳で今回のネタにさせて頂きました。今回はパソコン通信で言う ROMは切り離して、純粋なホームページのROM、つまり ただホームページを読むだけの人って事で話をつなげていきます。

 まず先に個人的な考えですが、ホームページというものは 作ってインターネット上にアップした時点で、作者の手を離れてしまうもん だと思ってます。本やCD、その他もろもろ様々な表現物と一緒で。

つまりホームページの場合、ROMだろうがなんだろうが、作者側 にそれをとやかく言う権利なんか無い、ってのが私の基本的姿勢です。

 たとえ作った後で絶賛されようが、撲殺されようが文句言えない んですね。無視されるのも一緒。レスポンスがなかろうがそれは あくまで読んだ側の判断であって、作る側にはなすすべも無い んです。わめきちらそうが強要しようが、読む側が無視する 事ができる以上、どうにもならないんです。レスポンスを返す 返さないは結局は読み手の判断であり、作者は唇かみしめて 評価を受け入れるしか無いんです。バカみたいな本作っちゃって 各所でボロクソ言われても反論できないのと一緒。

 で、これだけだと納得できない方も多いでしょうから、トドメさしておきます。

もっと重要なこと。読み手の持つ感想は、作者の意図とは 全く無関係に存在する、ってこと。

いくら作者が「このページは 作品を作る目的で作ったんじゃない」って言っても「コミュニケーション を目的に」とかいっても、それを判断するのは読み手ですから。 自分が作品じゃないつもりでも他人にとってはれっきとした作品なんです。 読み手にとって重要なのは「このページは面白いか」「このページは役に 立つか」「このページは読む価値があるのか」これだけです。

シビアですよこれは。本人が「さぁ皆さん、ウチのホームページで 活発にコミュニケーションをしましょう!」って両手おっぴろげて 叫んだ所で、読み手がその通りに反応する、とは限らないんだから。 だからみんなが見に来てくれて書き込んでくれてなんぼのはずのホムペ で閑古鳥が鳴いたり、コミュニケーション一切無視したページが 意図に反して活発に動いてしまったり。作者の目論見をあざ笑うかのように 読み手の「意識しない意志」でホームページの存在意義なんてものは どうにでも変わってしまいます。怖いですね、やっぱ。作る側が 「このページはこうしよう」って目的を持とうとすればするほど、 読み手側とのズレに辟易してるみたいです。

 ホームページ、個人だろうが企業だろうが関係なく、どうも全般的に 「モノを作る」意識に欠けているような 気がします。他人とのレスポンスにかかる距離(特に時間的な距離)が 極端に短いこと、本やCDと 違って1分単位での書き直しができること、てのが大きいと思うんですどね。

 本当は他人に公開して楽しんでもらうモノなのに、自分の専有物に しちゃってるような。いつまでの自分の手の中に、なんて感覚で他人においしい評価 もらおうなんて甘いです。モノの評価は他人にしてもらうという事に、 はやく気が付かなくちゃ。でなきゃいつまでたっても公開自慰ショーの域を 出ませんって。

 もっとも始めから自慰が目的だったら構いやしませんけどね。 俺のページみたいに(笑)。ってそれで落としたつもりか藤原。


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