喫煙室にて。


 最近、会社終わって家に帰る際、駅の喫煙室で一服するのが 習慣になってます。ちょっと前のタバコのCMで会社から 出たらタバコに火を付けて・・・なんてのがあったような 記憶があるんですが、そんな感じでしょうか。あ、顔は 適当に想像しておいてくれればいいです。お粗末なモノしか 持ってませんから。

 そんなことはともかく。

 この日も「あぁ、マジしんど・・・」そんな独り言を吐きながら タバコに100円ライターで火を付けた時のこと。
 ふと隣に目を向けるととある女性が同じようにタバコを吸っています。

 ふ〜ん、この人吸うんだ。私もタバコ吸う立場の人間ですので、 女性に対して「タバコなんて吸うもんじゃないぞ」なんて言える立場じゃ ありません。ていうか自分は吸うくせに女性のタバコには文句つける ヤツなんて最低だよね。肺ガンで死んでしまえ。

 あ、そうゆう話題じゃなかったか。

 ともかくその女性、タバコ吸ってたんです。飲み会の席とかその他 プライベートな席でタバコ吸う女性ってのは珍しくなくても こうゆう公共の場で吸う女性ってのは結構珍しい、ような気がします。 気になってしまい思わずちらっちらっと見てしまいます。

 ちなみにこの女性の方、結構きれいな人。ごく普通にOLやってて 今日も仕事終わったお疲れさん、てな感じの普通の人。

 はじめは「ふ〜ん」程度で見てたんですけど、ある事に気がついて 思わず見入ってしまいました。

 この方、すんごくおいしそうにタバコ吸ってるんですよ。

 日常的に吸う人はおわかりかと思いますが、吸い続けていると タバコ1本吸うだけじゃそうそうおいしいとは感じないんです。 おいしい訳じゃないのに、吸わなくても別に死にはしないのに、 なんか吸わないと落ち着かない状態。完全に習慣と化して、 1本のタバコに対して執着がなくなってくるんです。

 でもこの女性、1本のタバコを楽しむように、味わうように吸ってる。 表情は変えてません。無表情のままです。しかしタバコの口への付け方、 吸う瞬間の息づかい、吐き出す煙の昇り方。すべてがそこらの人の吸い方 とは一線を博しています。「ボウヤ、本当のタバコの吸い方ってのは こうやるんだよ」とレクチャーを受けているような感覚にさえ陥って しまいます。

 そうこうしてるとこのお方は、今吸っていたタバコを灰皿に置き捨て、 新たなタバコに火を付け始めました。その瞬間に見えたタバコケース を見て、さらにこのお方の偉大さを再確認するに至りました。もう尊敬語。

 なんと吸ってるタバコはマルボロ。軽いんだか薄いんだか訳のわからん 1mmタバコでも、口先ごまかしのメンソールでもありません。 正真正銘混じりっけなしのマルボロ。しかもライターはジッポ。 自分の持ってる100円ライターなんかとは訳が違います。

 左手でカチャッとジッポの火を付け、軽く口元に。タバコに火が移るか 移らないかの微妙なタイミングでジッポの火を消しそのままバッグへ。 ゆっくり、ゆっくりとマルボロの煙を味わい、ふうっと吐き出す・・・。

 「かっこいい・・・・」

 そう思わずにはいられませんでした。今までありとあらゆる人のタバコ 吸う姿を見てきましたが、この人の前ではどんな所業もただの猿真似に 過ぎません。格好だけじゃ何にもならない。中身があるからこそ格好いいという 言葉が存在するのです。
 もう今後どんなCMを見てもこのお方を越える人物は 現れないのではないのだろうか、そうとまで思えてきました。 現実の風景は虚構の演技など軽く一蹴するのだ、それを証明してくれましたよ このお方は。たった3、4分でこれほどの感動に出逢えるとは思っていません でした。嬉しい誤算です。

 結局3、4分もの間、自分のタバコの味も忘れてこのお方に見入って しまいました。すると「まもなく○○行きの列車が・・・」のアナウンス と共に列車がホームへと入っていく音がしました。時は無情。 幸福の一時もおしまいです。女性はタバコを再び灰皿へと放りやり、 私の方向に軽く微笑んだ後、列車へと足早に乗り込んでいきました。 やはり見入ってたのに気づいていたようです。

 人波に消えていく後ろ姿を眺めながら、こう思わずにはいられませんでした。

 「・・・・師匠・・・・!」


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