70円。


 3月1日(日)。

 前日に入った給料を銀行から全額おろす。さ、今月は試練だ。 今月は車検がある。平成元年製、もうこの世に生を受けて10年にもなる コロナ、通称「ぼろころな」が自分の足となって3年。この間、 電柱柱にぶつかったり、出会い頭に高い車とぶつかったり、人轢いたり と、不憫な持ち主のために散々な目にあった「ぼろころな」であるが、 それでも手放せない。なんだかんだで愛着というものはある。

 さすが10年ということだけあって今回いろんな箇所にガタが来ており、 17万という鼻血レベルな金額が飛んでいく。今回銀行からおろした 金は18万。東海銀行の私の口座に残っているお金は計1万。

 つまり、今月は2万円で生活していかなければならない。ま、何とか なるだろう。この時はまさかこの後地獄が待っていようとは微塵も 思っていなかった。

 3月5日(木)。

 我が「ぼろころな」が修理屋さんに引き取られていった。 束の間の休息であろうが、じっくり骨休めしてくれ、「ぼろころな」。

 と心の中で念じつつ、車検費用を払う。 「くっ、この金があったらCDが何枚買えると・・・」と思ったのは秘密だ。

 3月7日(土)。

 気でも狂ったか、藤原。金が無いのにも関わらず、ネットワーク上の お知り合いを襲い、もとい、会いに行くために「日本語版・・・」中野 と共に山梨へ。

 金も無いのにどうやっていくか?ノンノンノン。世の中にはクレジットカード という超便利なモノがあるのだ。これさえあれば支払いは1ヶ月後。 つまり今文無しでも旅行くらいできるのさ!へん!どんなもんだい。

 じゃあとりあえずクレジット使って1万円分のハイカ買いましょう かね。おっちゃ〜ん、ハイカ売って〜。

 ・・・え?クレジットではカード買えない?おい、中野。あんた 手持ちいくらある?・・・・あ、そう。

 5分後、震えながらハイカ自動販売機に1万円札を 突っ込む藤原がいた。まさに子供の給食費を競馬につぎ込む人生終わってる オヤジの心境。

 その後、せっかくの山梨行にも関わらず、食事はコンビニ、マクドナルドと 質素極まりないものとなった。あまりに不憫に思えたのか、訪問先で 夕食をご馳走になった。おいしかったです、ありがとう。

 3月10日(火)。

 なにげにホームページ漁っていて、こんな記述が目に飛び込む。

 「高速道路料金はクレジットカードで直接お支払いできます。」

 じゃあオレの血と汗と涙の1万円は何だったんだ!ファック! ていうか事前にそれ位調べておけよオレ。100%俺のミスじゃねぇか。

 昼休みに外に抜け出し、最後の砦である1万円を東海銀行より引き出す。 いよいよサバイバルの始まりだ。

 3月13日(金)。

 昼食代が無い。とりあえずできるだけ質素なメニューを選んでいくが それでも週に4千円弱は飛んでいく。まずいなぁ。まだ給料日まで 半分あるぞ。預金は既に底をついた。となると後は・・・。

 3月14日(土)。

 やったぁ!借りられた!さすが土下座しただけのことはあるぜ! 自宅住まいで良かったぁ。1万円借金成功!とりあえず これでメシはなんとかなるよぉ。この際お腹さえ膨らめば 中身は何だっていいのよ。これで何とか生き延びてやる・・・。

 3月16日(月)。

 いつものように会社に向かうための地下鉄の駅。 回数券を自動改札口に放り込む。

 きんこんきんこ〜ん。

 はぁ、また誰かが地下鉄とJRの定期券入れ間違えたな。あれやると 恥ずかしいんだよねぇ。後ろの人もつかえて前進めなくなるしさ。 あれ、なんで扉空かないんだ?

 え?俺?

 後ろの人に「ごめんなさいごめんなさい」と謝りながら後ずさり。

 おっかしいなぁ、俺間違えてないはずだぞ、と回数券を確認。 疑問は3秒で氷解しました。げげ、回数券切れてるじゃん。

 ん・・・?ということは・・・?

 3月17日(火)。

 ぜえはあぜえはあ。さらに1万円借りたぜ。30分に渡って親に 罵倒されたけど、それで借りられるんなら安いもんよ。 貧乏はプライドさえもいとも簡単に破壊する。人間こうなっちゃ いけません。

 とりあえずこれで回数券買って何とかなるな。さすがに 「交通費が無くて会社に行けません」じゃ本末転倒だし。 もう完全に一文無しだけど何とか月は越せる。 他に金使わなきゃいいんだ。多少ひもじいけど2週間の辛抱。 頑張って耐え抜くのみ!さぁ頑張るぞぉ!

 3月19日(木)。

 本屋に行く。だが当然金は無い。はっきり言って100円さえ惜しい。 でも本は読みたい。仕方がないので立ち読み。

 個人的には立ち読みは落ち着かないのでどうも好きではない。やはり買って家で 寝っころがって読みたいのだが、今の財政では夢のまた夢。

 そういえば今月に入ってからCD1枚も買ってない。それどころか 中古CD屋にすら出入りしてない。こんなのここ数年で初めて。

 「レコ屋行きたい・・・新譜聞きたい・・・」ヤクが切れた 中毒患者のように呟く藤原。我ながら恐い状態だ。

 3月20日(金)。

 仕事してると「あのさぁ・・・・」と人影が。あらリーダーさん。 何かご用で。

 「ごめん、来週からなんだけど・・・」

 3月23日(月)。

 なんで俺はここにいるんだ・・・。

 先週までの名古屋を後にし、向かう所は愛知県豊田市。

 血反吐吐く思いして買った回数券意味ねぇじゃねぇか!なんでこう裏目裏目 に世の中動くんじゃ!商店街裸で走り回って叫びながら行き交う人々出刃包丁で ブッ刺したろかこの野郎!

 今サイフの中身に入っているお金は昼食代の残りと回数券のお釣り、 計5000円。1000円は食券に使うとして、残された交通費が4000円。 ちなみに今回の交通手段となる愛知環状鉄道、高蔵寺−三河豊田間は 片道640円。てことは・・・。

 あと3日で完全にお金なくなる。やばすぎる。

 3月24日(火)。

 ポケットに入っていたティッシュの広告を真剣に見入る藤原。

 ふ〜ん、1万円を1週間借りるだけなら利子込みで1万300円の返済 でいいんだ。高い恐いのイメージあるけどなんだかんだで良心的な 貸し出しもやってるんだな、『むじんくん』。

 は、俺何を考えた。

 動揺してます。昨日の夜、3度目の借金交渉に失敗してはり倒された というのもありますが、親のせいではありません。貧乏が悪いんです。

 しかし現実問題、お金が無いと会社に行けません。ご飯が食べられません。 どうやってお金を工面するか。

1:CD売って小金を作る。
2:クレジットカードのキャッシュサービス。
3:むじんくん。

 冗談抜きで選択肢に入ってしまった。う〜ん、どうしよう。

 3月25日(水)。

 結局、無人でもなんでもないむじんくんよりも世界の住友VISAを 信用することに。

 高蔵寺駅南口にひっそりと存在するキャッシングコーナーに初めて 入る藤原。内心ドキドキ。

 クレジットカードを入れ、暗証番号を入力、1回間違えてかなり あせるが、2回目で成功。引き出し金額に「1万円」と入力する藤原。

 指が震えている。そんなに虚しいか藤原。悔しいか藤原。 たった1万円がこんなことでもしなきゃ手に入らないか藤原。

 無機質な機械音と共にクレジットカードと明細書、そして 1万円札が1枚。

 疲れた。どっと疲れた。

 今日はスピッツのニューアルバムの発売日、のはずだ。でもこの1万円は 全部交通費と会社関係の費用に消えていく。寂しい。

 3月27日(金)。

 ここ1週間のお昼ご飯のメニュー。 カレー、うどん、ラーメン、うどん、ラーメン。ちなみに値段、 カレー170円。うどん110円。ラーメン130円。 さすが世界のトヨタ。社員食堂の安さは爆裂級だ。 でもカレーはご馳走だ。「一杯のかけそば」を 笑う資格が無い。

 あまりにも虚しいので3時に70円の自販機カップコーヒーをすする。 おいしい。

 あと4日だ。あと4日でこんな生活おさらばだ。

 3月30日(月)

 ポケットに電卓を忍ばせて会社に行く。駅の改札口で、食堂の前で、 電卓を叩き残金を計算する。何回でも確認する。

「すいません」
「はい?」
「この5円と1円、10円に変えてください・・・」
「・・・・・はい」

 何も言わずに駅のおっちゃんは10円玉に変えてくれた。その10円を 切符の自販機に入れ、切符を買う。おっちゃん、ありがとう。

 3月31日(火)

 会社についた時点でサイフの中身は70円。余りにも哀れに思えたのか、会社の人が 昼御飯おごってくれた。

 お昼を食べ終え、探す。何を。キャッシュコーナーを。

 社内をぐるぐる探し回り、三和銀行のキャッシュコーナーを発見。 東海銀行のキャッシュカードを突っ込み、興奮を抑えながら 暗証番号を押す。

 残金。¥188294。

 必要最低限のお金だけをおろす。

 嬉しい。本当に嬉しい。1年前の初任給の時には「なんだ、たったこんだけか」 と思ってた自分が信じられない。

 お札をサイフにしまい込み、残っていた70円でコーヒーを飲んだ。 おいしかった。

 帰り道、1ヶ月ぶりにCD屋に寄る。スピッツ「フェイクファー」。 3000円。

 聞きながらこれ書いてます。いいアルバムだよ、これ。


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