欠席裁判傍聴記


 98年6月現在、私は某自動車メーカー某館内の4階にある 南端窓際の机を借りて、そこに持ってきたノートパソコンを 配置して仕事してます。

 いや、だからなんだと言われてしまうともう言い返せない んですけど。あなたね。せっかく人が情景豊かに語ろうと してるってのにいきなり話の腰を折らないで下さいよもぉ。 って相変わらず一人漫才やってますねこの男は。 何が楽しいんでしょうかまったく。

 そうゆうことじゃなくって。

 一見立地条件的にはベストなようにも思えますが、 逆を言うと私に、正確には私達のグループに与えられた スペースはここしかないんですな。ユーザの 人間が会議に絡むときには会議室借りられますけど、 それ以外の作業はみ〜んなここ。プログラム書きも テストもデバッグも、作業ミーティングも、内部の作業も、 昼飯の後に昼寝するのも、仕事の間に無駄話するのも。 すべて、わずか机3個分のスペースにて片づけられます。

 で、こんなことが起こる訳です。「待ちぼうけ」の世界 そのまんまですな。ころり転げた木の根っこ〜。

 動くように作ったはずなのに一向に思う通りに動いてくれ ないプログラムを前に「えぇい!マイクロソフトのクソタコが!」 とイライラしてた時のこと。
(*阿呆はこのように自分の都合が悪くなると同時に 自分以外のモノすべてを悪者にする傾向があるので気を付けよう)

「あのさぁ。上野君のことなんだけど・・・」
「ん?」

 私が呼びかけられたのではありません。私の後ろに座っている 人が何やら怪しげな話をし始めたんです。自席の後ろは書類整理や FAX送付のための作業スペースになっているため、 不特定多数の人間がここに座っては昨日のドラゴンズの不甲斐なさ だの週末の娯楽自慢等にふけっていることが 多いのですが、今回のはちと様子が違う。思わず耳ダンボに なる私。

「どう思う?正直」
「う〜ん」
「一生懸命やってるとは思うのよ。」
「確かに。でもなぁ。」

 出た。これは愚痴っぽいぞ。しかも欠席裁判っぽいぞ。

 いいんかあんたら、こんな所でそんな重い話。 1メートルも離れていない背後で、どこぞの馬の骨とも わからんような輩が座ってるんだぞ。しかもそいつ、 プログラム直すフリして一字一句聞き逃すまいと 完全に聞き耳立ててるぞ。よりによってこいつ、 作文のネタにしようとメモまで取り始めてるぞ。

 しかし、そんな事に気付こうともしない背広姿の 男性2名は淡々と欠席裁判を展開していくのであります。

「彼、やりますやりますって言って抱えておきながら 結局できないってのが多すぎるんだよなぁ。」
「途中で『大丈夫?できそう?』って聞いても 『はい、大丈夫です』って言うでしょ。で、その言葉 信用して前日になってから『すいません、できてないんですけど・・』」
「でしょ?結局尻拭いするの俺らだもん。たまったもんじゃないよ。」

 あるある。こうゆう話。

「決して仕事サボッてるとかそうゆうのじゃないのよ。」
「うん、真面目に机向かってるよね。夜残ってることも多いし。」
「上野君って性格的に抱え込み過ぎちゃうんだよね。」
「そ、できないことに対して責任感じちゃうみたい。
で、人に頼ろうする時点でそれはもうダメなんだ、と感じちゃってる。」

 なるほどねぇ。上野君、多分俺と同じ位の年齢って所だろうな。 入社3年目とかで、仕事ある程度任されてはいるけど 完全に信用してはもらえない、という微妙な立場。 で、仕事やることでしか評価もらえないから、無理って わかっててもつい引き受けちゃうんだろうねぇ。 責任感が裏目に出ちゃってるパターンだなこれ。

「できないならできない、とわかった時点で教えて欲しいんよ。」
「だよね、そうしたら俺らもそこからフォロー入れられるし。」
「大丈夫大丈夫って返事しておいて前日になって
できてません、でしょ。これじゃ俺らどうしようもないよ。」
「俺らでフォローできるんなら、まだいいけど、フォロー しきれなかったら、仕事にも影響するじゃん?責任問題にも なっちゃうよ。」

 まぁフォローの重要性ってのはこの先輩達もわかっては いるんだろうな。自分も新人の頃は助けられてるんだろうしね。 でも、それがわかってるんなら、ムリヤリ上野君の書類 剥ぎ取ってでも、進行状況を把握しておく必要あるんじゃないの?

「で、上野君、進行状況見せようとしないでしょ。」
「うん、隠すって言うよりはなんかごまかしてるって 雰囲気はある。」
「なんか人に仕事見せるのがイヤだって感じだよね。」

 あ、そゆこと。確かにわかるんだよなぁ。俺だってイヤ だもん。一から十まで口出されるの。そりゃわかんない 事あったら素直に聞くけどさぁ、わかりきってることまで わざわざ他人に干渉されたかないもんな。

 う〜ん、どっちの気分もわからないでもないな。 会社があって組織があって、その中で仕事をこなしていく、 という仕組みがある以上、こうゆう愚痴は永久になくならない んだろうな。

 二人の話はまだまだ続きます。

「でもさぁ、こうゆう事続いちゃうと、上野君のためにも ならないと思うんよ。もちろん仕事が滞るというのもあるけど、 何よりスキルアップ望めないでしょ、こうゆうやり方だと。」
「あるかもしれないねぇ。実際高野室長とかはどう思ってるんだろ?」
「あ、前にも室長と話してたんだけどね。やっぱ室長も 今の時点の印象ではよくは思ってないみたい。」
「う〜む。」

 ふむ、室長まで引っ張り出してきたか。高野さんも災難やな。 欠席裁判のはずだったのに。根は深そうだな、これ。

「ただやっぱり方針としては一から全部見張って教え込むのは 向上心の妨げにはなるって考え方みたいね。だから あくまで本人に任せるやり方みたい。やばそうだったら その都度助け船は出してやってくれと頼まれたけどね。」
「そっかぁ。う〜ん、でもだからといって できもしない人間に仕事抱え込ませて 押さえつけるっての、やっぱりスキルアップとは全然 関係ないんじゃないの?」
「俺もそう思う。あと上野君の方も『これ仕上げないと 自分のためにならない』と思い込んでる節はあるかもね。」
「だから無理してでも抱え込んじゃう、と。」
「そ。」

 ふ〜ん。個人の愚痴から会社の教育方針にまで話が 発展したか。実際どうなんでしょうねぇ。確かに社内全体、 部署全体で、って考え方をまず始めにしがちなんだけど、 結局教える方も個人であれば、教えられる方も個人な 訳でしょ?両方共にあったやり方や素質ってもんが絡む からねぇ。はい全体がこれだからみんなこのやり方ね、ってのは 結局考えとして浅はかになっちゃうような気がするなぁ。

 ま、他人のことだから関係ないんだけど。

「う〜ん、実際上野君とかは今の状況、どう思ってるんだろ。」
「焦ってるという雰囲気はあるよね。余裕はない。」
「やっぱこのままだとまずいような気しない?」
「する。でもどうやって修正していくかね・・・」
「とりあえず、本人の話聞いてみるのが一番かもな。」
「かもねぇ、案外本人に腹割ってもらって、不満ぶちまけて くれたほうがいいかもしんない。」
「よし、んじゃ来週飲み会あるでしょ?そこで話振ってみるわ。」
「あ、そだね。昼間の会議室で喋ってても本音出そうにないし。 じゃそうしましょうか。」

 あららら。やっぱりというか、結局「飲みニュケーション」 の解決方法に走ってしまいましたか。今の話だけでも解決の 糸口になりそうなものは結構揃ってると思うけど。 飲みニュケーションを全面否定する気はないけど、やっぱ こうゆう所はいかにも会社的、になっちゃってるよな。 ちょっと残念。

 ここで欠席裁判は終了。二人は「やっぱこれからはビール だよねぇ」と話題をシフトさせつつ、席を離れていきました。

 こうゆう末端の会話ですら、組織とそこに属する人間が 持つしがらみってのが端的に表れてるようで、面白かったですね。 他人事だから冷静に聞けるし。

 あ、いけね。話に気取られてプログラム全然直してないや。 デバッグデバッグと。

 誰か組織のデバッグもやってくれないもんかの。


新着別 分類別
Index