寒い寒い寒い夜


 その晩は近来まれに見る寒さだった。4年前のクリスマスイヴ。 確か小雪もちらついてたと記憶している。

 客が来ない。小さい店の入口付近、レジの前でただ時間が流れる のを待つアルバイト。かつての私。

 こんな稼ぎ時の日に客が来ないなんてどんな店だという指摘も あろうが、心配は無用だ。むしろこんな日にうじゃうじゃと客が 来るようだと世間に同情を禁じ得なくなってしまう。 まっとうな欲望を持った男ならば今日位は本物の女性を 虎視耽々と狙わなければならない。はず。

 やはり店で取り扱ってる品物が問題なんだろう。レジ前の 商品棚に目を向けると「犯す!制服レイプ」「淫乱ウェイトレスの実態」 「女子高生まい 初めての冒険」 などなど、殿方の欲情をそそるタイトルのビデオがずらりと並んでいる。 その横のショーウィンドウには、全国のおもちゃ屋をかけずりまわっても なかなか手に入らないであろう違う意味でのおもちゃも陳列されている。

 つまりはそうゆう店だ。アダルトビデオショップである。 世間をごまかすために、申し訳程度に ディズニーのビデオなんかも置いてたりしてたが、売れたためしはない。 何回か普通のビデオ屋と勘違いして店に入ってしまった女性の 方もいたが、いずれも事情を説明して丁重にお引き取り頂いた。 「ごめんなさい」と頬を赤らめて店を出て行く姿を見ると多少 申し訳ない気分になる。

 なんでてめぇがそんな店でバイトしてたんだ、という訳で言い訳させて もらうが、この店は本来バイトしてた中古CD屋の支店に当たる店で、 バイトのシフト分担の中にこの店の枠があったのだ。当然扱う物品が 物品なのでバイト連中の中でも群を抜いて不人気だったのだが、 なにせ1日当たりの割り当てが1人限りで絶対的な仕事量が少ない上に、 監視の上司なし、制約なし、 客がいないときには何やっててもよしという待遇だったので、 しょっちゅうこのビデオ屋 の方に入っていたというのが実情。事実、学校の論文の50%は この店にノートパソコン持ち込んで執筆していたという経緯もある。 それ位ヒマな店だったし、楽なバイトであったのである。

 ん、やけに言い訳が長かった。昔話に戻ろう。

 相変わらず客は来ない。開店時刻の午後6時から既に3時間が 経過してるが、まだ来客人数は1人だ。それも2、3分 パッケージを眺めたぐらいですぐに出ていってしまった。

 しばらくは客来る気配もないな。そんなことを思いながら つらつらとAVの整理整頓を始めた。レズものはこっちの 棚、これは新作だから目立つところに。こうやって改めて 文章にしてみると随分とヤなものだが、覚えてしまっている から仕方がない。1年以上も店番やってればどこにどの タイトルがあるかなんてイヤでも頭に入ってしまう。

 それでも4年前の分類なんてせいぜい新作和洋レズSM位のもので 女子高生ビデオがもてはやされてた程度。だから 最近のビデオ販売店とか行くとその細分化された分類に 驚いてしまうことも多い。アイドル物の50音順なんて 当たり前、大体なんで痴女や露出だけで棚1ブロック 独占してんだよ。SMやロリコンなんて棚どころかシマごと独占してて さらにそこから細分化されてるし。こんな分類4年前は登場してねぇよ。

 あ、いかん。思わず過去と比べてしまう。

 ちょうど店においてあるプロモ用のビデオが終わってる。 手頃な新作のパッケージを破ってビデオにセット、音声絞って たれ流しにする。このモニターはレジからでも見られるので、 正直このバイトの中でハンパじゃない本数のAVを観ていることになる。

 感覚が完全にマヒしてる今(といっても4年前か)なら コーヒー片手に笑いながらAV観ることもできるだろうが、やっぱり 当時はついついモニターの方に目が行ってしまうことも多かった。 男の子だったんだんね、ってもうその時既に成人じゃねぇか。

 ちょうどその日がそうだった。よりによってこの聖夜にだ。 性夜ではない。聖夜だ。ってこの系統で韻踏んでもひいていくだけ だな、やめよう。

 整理が終わってレジに戻り、椅子に座って缶コーヒーを飲み干す。 途中読みだった本に再び目を向け読みふける、はずがいつの間にか 目はビデオに向かってる。

 は、いかんいかん。店番中に欲情してたらシャレならんではないか。 画面がぶりつきになってる所に客来たらどう言い訳するんだ。こっち 読もうぜ、こっち。改めて本に目を戻そうとする。

 戻らない。目が画面から離れない。理性は本に向かおうとしてる のに、本能はあられもない場面を映し出してるテレビに釘付けに なってしまう。

 いいかな・・・一瞬よからぬ考えが脳裏をかすめた。いかんいかん! まずい!「必ず何かを流しておくように」という店の言い付けを破り、 テレビの電源を叩き切る。

 今のはやばかった。もう少しで超えてはいけないラインを超えてしまう ところだった。外に出てタバコをふかす。寒い。寒いけど頭がカーッと 熱くなってる。夜風にさらして頭を冷やす。

 その後なんとか理性を取り戻し、行為に踏み切ることなく閉店時間を 迎えた。10時を過ぎてから客が来たのも幸いした。何人か来た客は いずれも両手いっぱいにパッケージを抱えてレジに持ってきた。 クリスマスは今年だけじゃないさ、来年がんばろ、お互いに。

 レジを閉め、看板の電気を落とす。本来ならこのまま 帰って寝るだけだ。そう思ったとき、再びヤツが心の隙間に 割り込んできた。

 「あ、ビデオ。忘れてた。」さっき消したビデオ。これを 巻き戻してパッケージングし直してから棚に戻しておかなきゃ いけなかった。再び電源を入れ、巻き戻しのボタンを押す。 押すはずだった。

 気が付くと再生を押してた。押してしまった。蘇る あの映像。甘美なる果実。ってたかがAVに大層な表現使う必要もないわな。

 しかしその瞬間、確かに私の理性は吹き飛んでいた。 玄関の鍵をかける。電気も消す。 テレビ正面かぶりつきに椅子を持ち込む。どっかと座る。 のめりこむ。没頭。

 15分後。

 テレビとビデオの電源を落とす。荷物をまとめて原付バイクの 荷台に乗せる。鍵をかけて店を出る。

 やってもうた。

 気持ちよさとかそうゆう感情はない。あるのは気まずさ。 罪悪感。なんでやっちゃうかな〜どうせ明日もここでバイトなんだから 一晩こっそり借りりゃそれでいいじゃねぇかという後悔も 今となっては後の祭。

 そういえば今宵はクリスマス。よりによってこれかい。 こんな夜に発射しちまうんかい。忌野清志郎に謝れ。

 結局のところ、自分すら正当化できないままに原付のスロットル フル回転にするしかなかった。そうでもしなければ気が紛れなかった。 向かい風がひたすら冷たかった。身体はまだほてってるはずなのに。 寒くて寒くてしょうがなかった。


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*第2回雑文祭(非公式)参加作品。