遠距離通勤者の声無き悲鳴


 いかに精神的に田舎、とはいえ、中部地区の中心都市といえば 名古屋、という意見に異論はないでしょう。

 ありとあらゆる会社が集まり、オフィスをかまえる。そしてリーマンは 毎日そこまで通勤する、と。

 一口に名古屋に通勤すると言っても、「どこから来るか」は千差万別。 市内から、多治見から、豊橋から、四日市から、って感じで 四方八方から集まるように名古屋に向かい、散らばるように帰っていく。

 このようにして通勤圏ってのができあがっていく、って訳なのですが。

 こうやって全体を上から眺める分には「あ〜いろんな所から来てる んだね〜」の一言で終わってしまうのですが、実際に通勤させられる 立場にすればたまったもんじゃねぇ、ってのが実情。

 ここで佐々木さんという方にご登場いただきましょう。35才、子供2人。 三重県四日市に居を構えるどこにでもいそうなリーマンさんです。 なお、佐々木さんは話の進行上私が勝手にでっちあげた架空の人物 なので、興信所で素性を調べるといった野暮なことはしないように。 はっきりとしたモデルも存在しないので深読みも無用。

 佐々木さんは毎日名古屋市内にあるオフィスに通うため、 毎日2時間かけて電車通勤しています。会社の始業時間が8:45なので 逆算して、朝起きるのが5:40、朝ご飯食べて支度して 6:40には家を出るという毎日です。

 通勤の電車の中ではほぼ確実に眠ってます。周りには「眠ってるから 時間かかってもそれほどストレスは感じないよ」といってますが嘘です。 慢性的な疲れが佐々木さんの身体にのしかかってます。実際、電車の中で 寝ていたとしても眠ったという精神的な安心があるだけで、 肉体の疲れは取れていないといった方がいいでしょう。周りに言う ことで、自分に言い聞かせてるのかもしれません。

 そんなこんなで会社に着き、仕事を開始。とは言え、会社に着いた時点で 既に一仕事終えた気分になってしまうため、現実的な仕事の開始時間は ずぅ〜と後ろになります。タバコ吸ったり、お茶飲んだり、隣の席の 人と世間話して、30分から1時間はほけ〜っとしてしまいます。

 一見時間の無駄のようにも見えますが、これ、大事なことですよね。 通勤ってのは立派に体力を使います。身体は「休みたいぃ」と 思っているサインなのでしょう。

 午前中は書類をいくつかまとめる作業をして、午後から「それじゃ ちょっと外出てきます」と取引先へ向かう佐々木さん。結構重要な 会議があるのだそうで。

 取引先があるのは三重県桑名市。名古屋から近鉄で30分弱、という 所ですが、いかんせん行きの通勤にも使った電車と同じ路線です。 桑名駅のプラットフォームが見えたとき一瞬、「このまま降りずに四日市 帰ろうかしら」という思いが脳裏にちらつきますが、いかんいかんと 振り切って電車を降ります。精神的バランスがちょっとずつ崩れている様を 垣間見れます。

 あ、行ってきますか。待ってますんで会議頑張ってきてくださ〜い。

 ・・・・・・(5時間経過)・・・・・・

 現在午後6時。ちょうど就業時間です、あ、ようやく佐々木さん会議を終えて桑名駅に戻ってきましたね。 相当難儀したようですが、なんとか成果は得られた様です。 表情に暗さはないものの疲れが見て取れます。

 よかったじゃないすか、あとは家に帰って酒あおって寝るだけ・・・・あれれ? なんで名古屋方面の電車乗るの?いいじゃん、四日市行き乗っちゃえば。

 そうなんです、実は佐々木さんの会社、原則として直行・直帰を 禁止してるんですね(現実にこうゆう会社はいっぱいある)。 「その日の成果はその日の内に上に 報告させるため」といったバカな方針らしいんです。

 実際、佐々木さんも「こんなん時間のムダじゃないか」と内心では ムカついてるみたいです。今日の仕事はもう終わったのに、それでも 会社に戻らなきゃいけない、ってのがかなりストレスになっちゃう んじゃないですかね。

 という訳でしぶしぶ会社に戻ってきた佐々木さん。上司に 成果だけ報告したらとっとと帰ろう、と思ってたいみたいなんですが、 その上司に捕まってしまいます。なかなか話を終わらせて くれません。

 重箱をつつくようなどーでもいいことにこだわる上司。 口では「はぁ、そうですね」とうなずきつつも心の中では 「ばかやろこのクソじじいがてめぇは地下鉄1本で家 帰れるからいいんだろうけどこちとら2時間かかるんだ 早く終われこの能無しの給料ドロが」とあらん限りの罵倒を浴びせてます。

 端から見てて恐いっす。背後にドス黒いオーラ出てるっす。 そばにいたくないっす。

 現実、こうゆうのが身体にも心にも一番悪いんですよね。 目の前にゴールは存在するのに、そのゴールに飛び込めない状態。 また日本の労務形態だと、やっぱり「その時になってから残業」ってパターンが 多いからなおさらストレスためこんじゃう。

 結局佐々木さんが解放されたのは夜も9時を過ぎてからでした。 充実とは違った余計な疲労感を漂わせつつ帰途に就きます。

 しかしまぁこれでもまだ佐々木さんの一日の作業が終わらないってのが 悲しいところ。今からまた2時間かけて家に帰らなきゃいけない。

 名古屋駅から座席に座ると同時に眠りに入ります。しかめっ面して 逃避したいような寝顔してます。でんでこでんでこ。 佐々木さんを乗せて電車は走る。明日も5:30起き。 帰ったら倒れるように寝るだけ。過労死に気を付けて頑張ってくださいね〜。

 てな感じで佐々木さんの一日をお送りしましたがいかがな感じ だったでしょうか。多少の時間のズレとかはあれ、佐々木さんと似たような 生活パターンを送っているリーマンさん、日本中にごまんといると 思うんですよね。首都圏なんかだともっとひどいんでしょうし。

 会社が個人事情に適していない勤務体系を相変わらず 続けている、という構造的欠陥が根本にあるのは確かなんだ。いたって 単純な話。でもさ、あちこちでこう言われてる割にはいまだ一向に 変わる気配ってないような気がしない?

 会社はあくまで9時から5時、もしくはそれ以降もの拘束を要求し、 働く側がそれに合わせて自分の生活パターンを作る。その結果、 たとえ家が「寝るためだけの場所」になってしまっても、それを受け入れて 堪え忍ぶ。この状況が今も昔もずううううううううっと継続 しちゃってるんよ。

 これって結局誰も文句言わないから変わるきっかけが無いってことに ならんのかね?

 確かに心では誰もが不満には思ってて、変わって欲しいとは願いつつも 公には口に出さない。自分一人不平言ったら即悪者だからね。 制度変わる前に自分の職無くなっちゃう。自分の食い扶持、 ましてや家族のこととか考えたらそら不平言えなくなるってのはわからんでもない。

 でもさ、いいかげんガマンする必要なんか無いんじゃないの? 毎日寝る時間削って遅寝早起きして、20年間無遅刻皆勤しました。 その結果体ぶっ壊して早死にしました。会社に人生捧げました。 それが何になると?

 それ以前に今となっては自分のしがみついてる船がいつ沈んでも おかしくないこの時代。不満黙って受け入れるメリットってかなり 少なくなっちゃってるような気がするけどな。

 強引な脅しになっちゃうかもしれんけど、どうせ黙ってたら死ぬんだったら、 ちょっと位文句言ったってバチ当たらない んじゃないですかね?言ってみてブーブー言われたらその会社は その程度でしかないってよくわかるし。どっかで誰かが突破口 作らないことにはいつまでたっても泥沼 から抜け切れないような気がするんだけどな。

 他人の苦しみって意外と気付かないもんだよ。


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