ホームページ3年限界説
えっと、この「素晴らしき・・・」始まってから1年半たつのか。 早いのか遅いのかわからんなぁ。達成感というよりは単に だらだらと作ってたらいつの間にかこんなに経ってた、 という気持ちの方が大きいです。
もっとも個人でWeb作り始めてからは既に3年以上経過している 訳で、この辺の感覚は正直狂ってると思います。もう短いのか 長いのか訳わかんない状態。
なんでいきなりこんな話しだしたかと言うと、こんな言葉が脳裏を かすめまして。
「Webの世界、1年経ったらベテラン、2年経ったら大ベテラン、 3年たったらもう引退。」
多少の語彙の差こそあれ、Web作ってるひとなら少なからず聞いた ことないですか?
もちろん世の中には3年以上続いてかつ面白く新鮮なページも あれば、半年で潰れていくページまでさまざまなケースがあるし、 一般論で片づけるには乱暴だとは思う。
でもね、「作る人の立場」からしたら案外的得てるような 気がするんよ。
右も左もわからん状態からWeb作り始めて、体験的にここは こうした方がいいなとか、こうゆう手もあるなとかを会得していく。 吸収すればするだけ、Webの質にもはねかえるでしょ。そうして 内容の濃いものになってくるのが1年目。
大体どうやれば効果的かってのがあらかたわかってくる ようになって、Webの質とかが安定し出す。読み手からの 感想とか要望とかにも一本筋通ったレスポンスができるようになり、 滞りなくWebを維持できる2年目。
ここまでは順調なんだよな。だからこそのベテラン、大ベテラン という表現もわかるような気もする。自分で思う思わないに かかわらずね。
問題は3年目。効率性考えた上で実行していたはずの行動が 単調な作業の繰り返しのように感じてきて、疑問持ち始めたり。 自分のやってたことと思ってたことのギャップに気付いてしまって 愕然としたり。本来好意の存在であるはずの読み手が悪意の存在 に見えてきてしまったり。
プラスになってたものがいつの間にかマイナスに変化しちゃって ふさぎこんで、イヤになって作るのやめちゃう。
最近Webとかを眺めてると、ちょくちょくと「閉鎖します」 「閉鎖しました」といったのを目にします。経緯とか 更新状況とか見てみると、結構期間とか更新頻度とかで この傾向が読みとれるんですよ。
私自身は「やりたいならやれ、イヤならやめろ」って考えてしまう んで他人がWebやめる事に対しては特に今ここで言うこともないです。 以前にもさんざ書いてるし。
でも、この辞めるまでに至るまでの経緯とか見てると、やっぱり Webの維持ってのは個人の心境はモロに反映されるんだろうなぁ、と 思ってしまいます。
飽きた、疲れた、めんどくさい、やりがいを感じなくなった。 他に面白いことができた。理由はさまざまとは言え、続けるには さまざまな紆余曲折があるんだなぁ、と。やっぱ個人Webって その作り手の鏡の役割も果たしてるんだろうな。
とまぁさんざ赤の他人のWebに対して勝手な想像をめぐらせている 訳なんですが、んじゃてめぇはどうなんだと。
うーん、正直言ってわからんなぁ。確かにイヤになる時あるし。 少なくともこの1年で2回程、Web全部叩き消して終わらせて やろうかと考えたこともあったしね。
その逆にもっともっと好き勝手やってあろうと思うことだって あるしね。その衝動で出来上がったのが「ザウルス読本」で あったり「ハック」だったりする訳で。
今後、この3年限界説になぞって考えれば、私の作成した コンテンツは次第に新鮮味も興味も消え失せて 消えてなくなってしまうということになりますわな。
「3年なんて言うな!10年でも20年でも続けたらぁ!」 というガラにも無い気負いもある。その一方で、 「3年も続ける必要なんてないじゃんか。もう閉じて 別のことしようぜ」とも思ったりする。「どっちでもいいやん そんなの、やれる時にやればいいんだよ」と突き放してる 部分もある。
どれが本当なんだろう、ってどれも本当だな。 続ける・やめる、両方抱えて更新を続けていくんだろうなぁ。 不満も喜びも両方抱えつつ。
という訳で100回ぶりに考え込んでみました。
この先どこまで続くか自分でも保証できないけど、 今後ともひとつごひいきに。