お茶くみ依存症


 このクソ不況下の中、知り合いがめでたく会社に潜り込むことができまして。

 これでようやく食い扶持ができるわいめでたしめでたし、と 周囲は言ってたのですが、本人はさっそくめげているらしい。

 なんでもその人の言うところによると、異常なまでにお茶くみに こだわる上司がいるらしく、かなり精神的にまいっているということ。

 話聞いてたら私も気持ち悪くなってきました。これホント異常よ。

 お湯の温度、急須へのお湯の注ぎ方、湯飲みへの注ぎ方は 基本中の基本。これができてないと平気でお茶を トイレに捨てて怒鳴り散らす。朝のお茶、お昼のお茶、3時のお茶、 夕方のお茶、すべてに違う銘柄のお茶っ葉を要求する。 「今切れてるから」と違うお茶っ葉使ってごまかそうとしても、 香りで気付かれて、買いに行かされる。お茶の味で機嫌が変わり 仕事にも人間関係にも影響する・・・。

 俺の周りにこんな人いなくてよかった・・・。正直な心境。もし いたとしたら、殺人の代償として何年刑務所に入っていれば いいかの計算を始めていたかもしれません。

 しかし、世の中いろんなマニアがいるもんだな。お茶マニア。 飲まずとも銘柄まで当てるときたか。すごいもんだなぁ、と 感心してる場合じゃなくて。

 言われてみると自分に「お茶くみやった経験」ないもんだから このテーマは見過ごしてたな。という訳で、 ちょっと立場を変えて企業の立場からこの 「お茶くみ依存症」を考えてみましょうか。なおこの言葉は 勝手に作りましたので念のため。ひょっとしたら既に別の 言葉あるかもしんないな。ま、いっか。

 コストという観点から言えばお茶くみ要員なんてのは 企業にとって無駄以外の何者でもない、という点については 既に明確になってると思います。

 あえてお茶くみ要員に価値を見出すとしても、所詮は 利益とはほとんど関係の無い「見栄え」だけのものでしょ。 誰もが競争の意味もわからずに見栄えで勝負せざるを得なかった (逆を言えばこんな低レベルなことでも勝負ができた) 高度成長時代ならともかく、今こんなことに力注ぐ企業は 即座にバカのレッテルを貼られるでしょうし、こんなものに 目を奪われる顧客も同類。バカはバカ同士心中してろ、と なっちゃうのよ。

 社外的な効果でさえこの有り様。ましてや自分の会社の 上司同僚のため、なんて言わずもがな。

 だから気付いてる企業はとっくの昔にお茶くみ要員なんてのは 廃止してるし、価値も求めてません。現に私の所属 する会社でも派遣先でもそのユーザ先でも、お茶くみさん なんて人はいません。飲みたい人は勝手に自分で作ります。 専務だろうが社長だろうがね。俺この点は素直に偉いと 思うけど、逆言えばこれが当たり前なんだよ。

 さて、んな訳で冒頭のお茶くみ依存症な人ですが。 上の例は病気としか思えない(文末に補足あり)のでレアケースだとは思うんですが、 世の中にはまだまだいるはずです。自分で入れたお茶なんぞ飲む気に ならない、めんどくさい、だから他の業務をやってる女子社員の 手を止めさせてお茶を入れさせるオヤジども。

 結論から言ってこうゆうヤツの考えを性根から叩き直さなきゃ いけない。それでも直らないなら会社から追い出さなきゃいけない でしょう。本来ならそれが企業としてやらなきゃいけないこと。

 よく「お茶入れも立派な仕事だから」と逃げるバカいますけど、 考えてごらんなさい。1日30分上司にお茶入れるために他の 仕事ができなかったとしましょ。この分の時給分を仮に500円 としましょうか。でもこれが積もり積もったらどうなると思う? 月勤務日数20日として1ヶ月で1万円。年間で12万円。 これ一人頭だから人数分考えたらアンタもう莫大な金額よもぉ やんなっちゃうわねぇ。立派な仕事どころか、十二分に 仕事する邪魔になっちゃってるわよぉ、ってなぜにおばさん口調か。

 残業とかにならないんだから目に見える範囲での損失じゃない とかいわれそうだけど、その時間分あったら、確実に通常業務に 当てる方が有意義に決まってるよ。仕事量増えてもよし。仕事 こなす間隔に余裕持たせてもよし。そんだけの余裕が持てないって ことはやっぱり損しているってことになるでしょ。

 だから経費節減とか考えたらまっさきに目につきそうな もんなんだけどね。資金繰り苦しくてひーひー言ってるくせに 社員の手止めさせてお茶作らせる管理職。

 てめぇのその行動がさらに効率悪化させてんだっての。お茶組み やめさせて、通常業務に専念させ、定時で完璧に仕事終わらせて 帰らせる。相当な経費節減なるはずだろ。

 だから会社は「たかがお茶くみ」などとタカくくってないで どかっと上からやっちゃうべきじゃないのかな。 下の言うことには耳貸さないって人でも、上からだったら 犬のように従うって効果もあるだろうし。

 それでもなお「お茶くみは必要、減らす気はない」とか言うんだったら、 よほど金余ってるか、金が減る要因すらわからない大馬鹿者かの どちらかでしょ。

 とまぁこんな感じで会社側から見たらこうゆう理論になるん だろうけど。これが実際に「お茶くみさせる輩」から見ると 話ややこしくなるんだよな。

 例えばTOPが「社内のお茶くみ禁止、今後は飲みたいお茶は 自分で入れろ」って命令したところで、素直にああそうですか、 となるかどうか。

 冒頭の話聞いてても感じたんですけど、「お茶を入れさせる」 ことが自己のアイデンティティー保たせるための防衛本能として 働いてるような気がするんよ。

 お茶入れてくれることで「あ、俺はいまこのポジションにいるんだ」と 安心してしまう。安心できてしまう。こうゆう人に禁止令出したところで ああだこうだ難癖つけては自分の周りを「例外化」して、 今まで通りにやっていこうとすると思うんだ。変えたら自分が 消えるような気がする。だから変えない。

 お茶くみがボロクソ言われながらも決して絶滅しないのには、 「お茶くみ依存症」な人がまだまだいっぱいいるという証拠じゃ ないのかな。上の例まさにそうだよね、「お茶」という媒体を通して 自己の存在を植え付けさせてる。大量の種類のお茶っ葉、こだわり のある湯飲みといった物量の存在、罵声、叱咤、もしくは誉め言葉、 あらゆる手段を用いて自己防衛に必死になってる姿が想像できます。 お茶に対するこだわりも裏をかえせばそれがないと 自分すら肯定できない状態になってると思うよ。 考えてみれば哀れだよ、これ。可哀相すぎるよ。

 でもだからといって同情してたらいつまで経っても依存症は 直らないんじゃないですかね。いつまでもそれだけにこだわって 人間関係壊して。何人もの人間の心傷つけて。

 どんなにしゃかりきにやってたって、いつかは会社から離れなきゃ いけない時は来る。定年退職、リストラ、倒産。病気で仕事できなく なることだってあるかもしれない。その時「お茶入れてくれる人がいない」 という事だけでノイローゼなっちゃったら、今までの人生一体 なんだったのよ(まさかそんなことで、と お思いの方もいるかもしれんけど、あるんだこれ)。

 だから心鬼にして言わなきゃいけないと思うんだけどな。 「こんなの仕事じゃありません。こんな事させても 人件費の無駄遣いです!」ってね。決して自分のエゴのため じゃなくって、本人のために。

 たかがお茶ひとつ取っても、こじれるところまでこじれちゃう。 人間って恐いね。

 <補足>

 もっと言ってしまうならこの人、身近な人に相談するなり、 精神科でカウンセリング受けてくるなりしたほうがいいと思います。 周りも(もし機会あったら)指摘した方がいいと思う。 いや、ギャグでなくて真面目な話。やっぱ話聞いててひいたもん。 常識の範疇明らかに逸脱してます。 「おいしいお茶」に依存しないと自己情緒安定させられない 所まで来ちゃってるよ。 会社や日常で周りに溶け込めず孤立しちゃってるような 気がする。

 精神科っていうとどうもマイナスイメージつきまとうけど (だからこそ精神科行けってのがギャグとして通用してしまう側面もあるわね)、 こうゆう「心の重み」を取り払ってくれる機関として、 もっと一般的に使われるべき、ってのが私の考え。お医者さんに話聞いて もらうだけですっとして症状軽くなるということも多いし。 簡単な予約で相談だけを受け付けてくれるところも多いですから、 構えることなく行けますよ。放っておいて自己崩壊起こす前に、 適切なアドバイス受けるのをお勧めします。 以上おせっかいながら補足。


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