続・人月邪推物語


 随分前にこんなタレコミメールを頂いたんです。 今調べてみたらメールもらったの半年前(笑)。 どこをどうやったらそこまで保留できるんだ俺。もはや メールくれた方本人もお忘れになってる可能性高いんですが、 ネタとしては十分に使えるんで、 今頃になって引っ張り出してきました。

 以前、SEやプログラマの間で使われてる怪しげな単位「人月」を 取り上げたのですが、それに対して「仕事を依頼する立場」の方から フォローを頂きまして。

 このメール自体かなりの傑作なんですが、これをそのまま引用するには ちと弊害がある(それ以前に藤原の手抜きと思われる)ので、とある シチュエーションを追加させて頂きました。

 もらったメールの持ち味を殺してしまわずに、かつ面白味を伝えられるか。 結構勝負です(笑)。

 とある工場3Fにある機械系メーカーの応接室。工場のシステム開発室 の課長さんと、そこに出入りしている外注のソフトウェアハウスの 営業課長さんが打ち合わせを始めようとしています。このおふた方、 手を組んで仕事するようになって7年という長い付き合いで、 普段ではクチに出せないようなことでもさっくり言えてしまう 間柄のようです。ちなみにこの工場、総従業員ウン千人を抱える かなりデカいところ。一方のソフトウェアハウスは業務系開発を主に こなす、総従業員数120名の会社です。ソフトウェア業界全体を 考えたら決して少なくはない。いいんでしょうかこんなんで。 談合で捕まらなきゃいいんですが。あ、余計なお世話ですか。

 なお、当然のことながら、これらの人物、企業はまったくのでっち上げなので モデルを探さないように。

 んじゃちょっくらのぞいてみましょう。

「こんにちは〜、お世話になります〜」
「あ、どうも、お疲れさまです〜」
「あら?なんか眠そうですね。」
「そうなんだよ、昨日なぜか夜間止まっちゃって。 おかげで深夜に携帯鳴らされてさぁ。」
「ありゃりゃりゃ。」
「つーかエラー吐いたの君ン所のS君作ったヤツ」
「・・・・・あ。」
「午前中に修正終わったし大事には至ってないよ。まぁ注意だけしといてね。」
「すいませ〜ん、よく言っておきます〜。」
「でも珍しいよね、S君にしては。」
「ウチでもSはもう大丈夫、と思ってたんですけどねぇ。 ちょっとここん所立て込んでましたし、ついうっかりしちゃったのかもしれません。 すいません、ご迷惑おかけしました。」
「いえいえ。あ、そうそう、で、本題。例の見積書、頂けますか?」
「あ、はい、こんな感じでひとつ〜」
「じゃあすいません、ちょっと拝見・・・えぇ〜、これで100人月もいるの? せめて80位でやってほしいんだけどなぁ。」
「いやねぇ、こっちも頑張ってるんですけど、今回2ヶ月しか ないじゃないですか。となると月50人は欲しいとこなんですよ。 これでもかなり詰め込んでますから。」
「50人ねぇ、つーかそんな広い開発室あったか?」
「それ言わない約束ですよ〜」

 はい。今読み手さんの中で反応が2つに別れると思います。 ひとつは苦笑いしてる人。もうひとつは「何でこれが面白いんだ?」と 首傾げてる人。大多数の方は正直わかんなくて当たり前のような気がします。

 んじゃなんでこれが冗談として通用するのか。これにはひとつ 「表には出ない暗黙事項」があるんですよ。んじゃちょっと翻訳 かけてみましょうか。

「じゃあすいません、ちょっと拝見・・・えぇ〜、これで1億もいるの? せめて8千万でやってほしいんだけどなぁ。」
「いやねぇ、こっちも頑張ってるんですけど、今回2ヶ月しか ないじゃないですか。となると月5千万は欲しいとこなんですよ。 これでもかなり詰め込んでますから。」
「50人ねぇ、つーかそんな広い開発室あったか?」
「それ言わない約束ですよ〜」

 わかりました?つまり1人月=100万円と換算した上で、 人月を「隠語」として使用してるんです。この前提があるから 最後のボケがボケとなりえる訳ですなって笑いの解説してどーする。

(注意:ここで言う100万も藤原が勝手にでっちあげた数字 ですので、現実に即していない可能性があります)

 つまり、当然のことながら金出して仕事してもらう訳ですから、 人数がどうのこうの言う前に、いくら払えばこの仕事を ちゃんとこなしてくれるか、というのを考えると。まぁ当たり前の こと。

 当然ながらこの業界、「人数つぎこめばつぎこむだけ品質は悪くなる」 というジンクス(というより事実)がありますから、こうゆう大規模な ものになればなるほど、人数の信憑性は低くなります。つまり、 規模が大きくなればなるほど、人月という単位がアテにならないという ことを証明してしまっている訳です。この辺はまぁ前にも言いましたし、 特に力説することでもないでしょう。

 ただ、この話聞いてなおさら疑問に思える点がありまして。読んでて こう思いませんでした?

 「だったら人月なんか使わないで直接金額で話しゃいいじゃねぇか」

 ごもっとも。わすもそう思った。

 んでメールに目を通してみると、この辺のからくりがリアルなんですよぉ。 きゃー。男の人って裏で何考えてるかわっかんないー。恐い〜。

 俺が恐いわ。

 つまらん小ネタはさておき、再び打ち合わせに耳傾けましょう。

「あ、あとこの件なんですけど、150(人月)でお願いできません?」
「ん?これですか〜。Aさん付きなら200、Bさん付なら150、 それ以外なら100がいいトコだと思いますよ。」
「ん〜、でも100だと帰ってから怒られます〜。」
「でもねぇ、AさんもBさんもいなくて150だと、やっぱ割に あわないよ。」
「あ、それじゃ。Cを付けますから、それで170じゃだめですか?」
「え?Cさん空いてるの?でもこれはBさんで十分じゃない?」
「Bは当面手空かないんですよ。」
「これはコケる訳にはいかないからいい人欲しいってのはあるのよね。 んじゃこうしよう。250。その代りAさんとCさん両方ちょうだい。」
「両方ですかぁ・・・」
「さすがにこのプロジェクトに関しては200がめいっぱいだから 残りの50は別プロジェクトで・・・つうことでどう?」
「ふーむ・・・それならなんとかなりそうです。 一応持ち帰って承認もらってきますね。」
「よろしく〜」

 うが〜!!訳わからん!!数字が多いよ〜!! てめぇそれでもプログラマかというツッコミは却下。

 要は頼む側が人材も確保しつつ金額もケチる(但しいい人材の 場合は安心料ということでお金も払う、そんだけ重要なプロジェクト と言えますな)、その交渉をしてる訳なんですが。

 まず「?」と思うのが、これ金額的には1億〜2億としての交渉 でしょう。それなのにたかが1人の去就ごときにウン千万の開き がある。

 これどゆこと?いいのこんな計算で?

 で、どうやらいいんだそうです。理由はこう。

 普通に考えたら「プロジェクト全体で何人で、うち実力ある人は プラスいくら」という計算だと思うんですよ。私も正直そう思ってた。

 でも現実はこんな単純なもんじゃないんです。これ、メールくれた 方が頭の中で持ってる(=決して表に出ない)人間別単価表。

 ・エース(百人力)
   1か月 1000万円
 ・標準(普通の戦力)
   1か月 100万円
 ・クズ(いない方がまし)
   1か月 −300万円

 ・・・え?差額1300万?・・・しかも・・・引き算がある〜!! なんだぁそのクズって!うっわ〜!こわ〜!!

 って笑ってる私も私ですが。絶対にクズ扱いで計算されてるぞ、俺。

 実際にはこれはあくまで目安でして、当然ながらウン千万円払っても いいようなスーパーエースもいれば3000万まけてもらっても 使いたくないスーパークズもいると。それこそ人それぞれなんでしょうな。 この辺の考え方は賛否両論あると思うんですけど、個人的には リスク回避の手段としてはわかるな、って気がする。

 んで、このいわゆる「査定方法」ってのが実はすんごく人月に影響 するらしいんです。

 というのも、実際の契約しましょってことになって、さすがに 「この人なら月1000万、でもこの人いるから300万ひくね」とは 口が裂けても言えません(だろうなぁ)。ですので、全部合計して 全体としての数字を出して、それでごまかさざるを得ない。 その結果として浮上してくるのが人月ということになる。

 一口に人月と言っても、ミソ代もクソ代も入ってるんですね。 たとえが汚いっての。

 でもさぁ、この話ってやっぱ聞くと不毛なんだよね。 頭の中ではちゃんと理論付けされていて、答えがもう出ているにも 関わらず解法は明かされないんだから。数学のテストで 答えがただ「x=2」と書かれてて、解答がこれになる 問題を作れっつってるようなもんじゃないのかな。

 前回の話も合わせてみるとさ、一言に人月といっても、 単純に字の如く考える人もいれば、このように理論付けして 出す人もいる。それぞれの中で定義バッラバラだし、 共通定義ともなりえないのに、表面上はあたかも常識の ように扱われる。

 そんだけ人を使うってことが微妙なバランスでかどうじて成立 している一方で、歪みも生み出しているってのを端的にしめして いるような気がします。

 なんか恐い世界なんだなぁ。 案外こんなこと知らないで御気楽に仕事してたほうがラクなのかも、 と考えてしまうのも正直なところだったりしますね。

 いやはや、面白いタレコミでした。ありがとね〜。


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