馬車馬ハイリスク


ぷるるるる。ぷるるるる。あ、電話だ。ぴっ。

「おはよー」

おや、おひさしぶり。生きてる?

「生きてるのかなぁ。なんとか」

いきなりそう来るかね君は。なんか声まで死んでるし。転職したんでしょ?風の便りに聞いたよ。

「うーん。それなんだけどね。今回電話した理由。ちょっと聞きたくて。」

 おやおやおや、何やら尋常じゃないな。

 それにしてもよりによってわすに相談するかな。ざんさここでネタにされるのわかってるんだろうか・・・。

「大丈夫、計算済み」

 あ、お見通しでしたか。それなら別に構わんか。

「フジハラの会社って休日出勤とか残業とかってどんな感じ?」

 うーん、自社に関して言えばあるにはあるみたいなんだけどねぇ。ほら、何分、俺のことだから。頼まれても逃げるし、頼まれなくても逃げる。

「相変わらずだなおい。こっちもそれができればいいんだけどねぇ」

 キテるねぇ。右手でメモを取りつつ、ちょっと具体的な状況を聞いてみました。

 転職したのは、いわゆる工場と事務所が同位置に同居している、やや中堅どころの製造業。その中のシステム設計要員。

 どうやら、会社の勤怠スケジュールが工場側に合わせているらしく勤務形態はAM8:00〜PM5:00の週休1日+α。ただしこのαは日本企業の慣例そのままにほとんどゼロと思って間違いないらしいとのこと。

 ふーん、いまだに週休1日って所もあるんだねぇ。世の中は不況もあいまって週休2.5〜3日を目指してるこの御時世に。あ、ちなみに現在、労働基準法では週休2日(というか週労働時間40時間か)というのが半ば義務化されているように言われてますが、これ事業者側が予め届け提出していれば、立派に踏みにじれるらしいです。さすがザル法。

 まぁこれはこれで(事業者側にとっての)リスクあるはずなんですけどね。それは後程。話を進めましょう。で?

 「うん。ここまではよかったんよ。面接のときにこうゆう勤務体系ですがよろしいですか?と聞かれたしね。その分給料はちゃんと積み重なってたし、前のところ辞めた理由に給料もあったんで、まぁいいかな、と思ったんだけど。」

 ふむふむ。つーことはその先があるってことですな。

 今、氏の負担になってるってのは日々の勤務終了時間なんだそうです。

「仕事が忙しいのもあるんだけど誰も家に帰りゃしないのよ。忙しい時は大体PM10時とか11時とか。こんなんだと家帰ったらもう12時過ぎ。メシ食って寝るだけの毎日になっちゃってるんよ。」「んなもん、答え決まってんじゃん。帰ればいいのに。他人なんか知ったこっちゃないでしょ。」「それが性格的にできんから苦労してんだっちゅーに。」

 確かに(^_^;)。それ言われると反論できん。

 でもさー。それだとお望み通り、お金は入るんじゃないの?残業費でガッポガポ。

「・・・・・・サービス残業。」

 ・・・・・・マジ?

「マジ。入社後にさりげなく言われたよ。『7時位になったら、他の人もタイムカード押しに行くので、そのタイミングで押しておいてください』って。」

 そっちの方が立派に労働基準法違反じゃん。監査来るぞあんまりやってっと。

 えーとつまりだ。まとめよう。

 朝8時から夜中10時〜11時までひたすら仕事。家帰って倒れるように寝て、次の日また仕事。週休1日だから体力回復できるのは日曜のみ。そのくせ残業の大半はサービス残業・・・・・・体持つの?

「持たない。つーか今結構ヤバい。今日もしんどいから帰らせて、と頼んで帰ってきた状態。」

 うわー。それ結構イッてるよ。今までにいろんな仕事場の状態とか聞いてきたけど、「上の下」位は言ってるよこれ。

 あ、今思い出した。過去に読者さんから頂いたメールでこれはすげぇ!と絶句するよな「上の上」に値するような環境もあったんだよね。また折を見て紹介しなくちゃな。

 ま、それはそうと。うーん、どうしよっかなぁ。あんたの性格じゃ、他人無視して帰るなんていきなりはできんかもなぁ。当然最終的にはそれを目指して欲しいんだけど。

「どうしよ?なんか策ある?」

 とりあえず。タイムカードとは別に、手帳とかにリアルタイムの出勤記録つけといて。あとその日一日の仕事内容も簡単にね。万が一の時の証拠になるってのもあるんだけど、それ以上に「今どれだけオーバーワークしてるか」を把握する目安になるから。自分の限界値と現在の体調とどれだけの離れがあるかを客観的に把握するってのはすごく大切なことだから。

 あと、ヤバい、と思ったらその時点で無理せずに病院行けな。つーか明日の朝行け。なんとなればお医者さんに診断書書いてもらって、2、3日お休みもらっちゃえ。あ、病院行くときは朝ね。会社行ってから夜行こうなんて思わないこと。ずるずると病院行くタイミング失うだけだから。

 最終的に辞めるか留まって会社の体質変えていくかの判断はあんたに任せるけど、まずは命ありきが第一条件だかんな。くれぐれも無理はすんなよ。

「うーいりょうかいー。なんとかやってみるー。あんがとー」「死ぬなよー」「あーい」

 という訳で。まだあるんだねぇ、こうゆう所も。というかこれが中小企業の大半の実態なのかもしれないなぁ。しかしまぁ、こうゆう会社もあるってことは、こうゆう勤務体系でも全然平気で仕事こなせる人も、世の中にはいっぱいいるってことなんだねぇ。

 実際のところ人間の慣れってのは恐ろしいもんでして、週休1日だろうが0日だろうが、朝から晩まで会社に住んでいようが、どーってことなくなっちゃうってのがあるみたいですね。大麻常用してると耐性ついてキカなくなっちゃうのと一緒なのかな。

 逆にすげぇよな、私みたいな意気地なしにはマジで真似できません。つーかある意味慣れるって、その当人にとって決していいことだとは思いませんわ。痛い、と感じるのはそれが体が知らせるシグナルのようなもんであって、それが痛いと感じなくなるってことは、限界値がどこなのか麻痺してわかんなくなっちゃってる証拠ですから。

 まぁくれぐれもこれお読みの方で、私と同類の方々はこうゆう会社には捕まらないように気を付けましょう。アリジゴクにはまっちゃったら出るの大変だよ。

 さて、で実はここまで全部前フリなんだよな。例の如くもはや前フリとは呼べない分量になってますが気にしない。いーの!自分の好きなように書き散らすためにWeb作ってるんだから!

 それはそうと。電話切った後しばし考えてたんですよ。なんでこの会社はこんな労働条件で人を雇い続けるんだろう、ってね。

 現にバブル以降、人件費負担が重なってサービス残業のみならず基本給さえも耐えられなくなって日本企業はこぞってリストラブームに突入しましたよね。

 働き続けさせることが無駄とわかれば「帰れ」「休め」「辞めてくれ」を推奨するってのは、ある種もっとも単純な経営判断のはず。

 それが働かないってことは、よほど金回りがいいのか、もしくはこんな単純な判断さえできなくなってるほど経営判断能力が麻痺してるかなんだろうなと思います。上の例に関して言えば後者かな、と予測してますけどね。もしホントに金回りがいいのなら、サービス残業なんてありえない。

 それに今思ったんですけど、これって「アメ」がありませんよね。8時出勤=ムチ。ザービス残業=ムチ。週休1日=ムチ。ムチばっかり。お店専属のマゾヒストさん状態。給料=アメなくして、果たして社員の士気って維持できるんでしょうかね。

 ヤバくねぇかこれ?バブル以前の旧識価値基準使ってもこうゆう人の使い方をさせるメリットが思い浮かばないんだよなぁ。

 バブル崩壊以降の価値観使うとこんなもん更に吹っ飛ぶぜ。

 この会社、人的資源を守ることに対してあまりにも無頓着過ぎますよね。

 オーバーワークが原因でその人が倒れちゃったらどうするのか。代わりに穴を埋められる人が簡単に見つかるとでも思っているのか。新人がすぐに育つと甘えていないか。スキル持った社員に愛想付かされて逃げられるリスクは認識しているのか。逃げられた元社員が会社のネガティブスピーカーになる可能性は。損害賠償に伴うリスク対策は。

 叩けばいっくらでもホコリは出てきますわな。今更こんな事人に言われてるようじゃ、世間様との競争以前の問題のはずなんですけどね。

 よく中小企業とかがこの手の批判をかわすために「昔からうちはこのやり方でうまくいってたから」という強硬論、もしくは「こうでもしないとうちの会社は回らないんです」といった泣き落としなどを持ち出してきますけど。

 何の説得力もないし、同情する気も起こりません。冷たいけどね。そんなもんでしょ。

 会社の価値観が変わらなくても、個人の価値観なんてあっという間に変わるよ。ましてや世間様の価値観なんざもっと変わる。

 最近になってようやく「いかに顧客が喜んでくれるものを提供できるか」がビジネスの価値観になりつつありますが、これ同様に「いかに社員に受け入れてもらえる労働環境を提供できるか」の価値観も必要になってくるんじゃないですかね?

 現に「一年中馬車馬になるくらいなら、コンビニでバイトでもしてあとの時間寝てるよ」と答える人間、山のように増えてるでしょ。そうゆうもんよ。会社内の内輪向け論理持ち出したところで、誰が同情してくれるもんか。「あ、そんな会社なら行く価値ないや」と捨てられるのがオチ。

 顧客に受け入れたれなかった企業が自然淘汰されるのと同様、社員が受け入れてくれない企業が進む道も、また自然淘汰されていくんじゃないですかね?

 自分の価値観が世間様の価値観と一致していると。

 言い切れる自信、果たしてありますか?

 胸に手当てて、よーく考えてみ。


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