大雨がやってきた。(前編)


 2000年9月11日(月)。

 その日は朝からしとしとと雨が降っていました。なんでも太平洋南方に台風が近づいてきている影響で秋雨前線が活発になるんだそうで。

 そっか。雨かぁ。やっぱなんだかんだで夏も終わりなんだよなぁ、等と感傷的になることもなく、「あぁ雨かぁめんどくせぇ」といった怠惰な姿勢で、その日もいつも通りに会社に向かいました。

 お昼時もやっぱり雨。「今日一日降るのかなぁ。鬱陶しいなぁ」などと思いつつ、地下のとんかつ屋さんでいつもと変わらぬようにご飯をぱくついていました。

 まさかこの12時間後から東海地方がとんでもないことになってしまう、とこの時点で誰が想像したことでしょ・・・え?予測できてた?てめぇがたまたま天気予報見てなかっただけ?いきなりバラすないきなり。

 つー訳で。無理矢理話を区切るな。

 新聞・テレビの報道で既にご存知のように、この日東海地方は伊勢湾台風をも凌ぐ歴史的暴雨に襲われました。愛知県を中心に至る所で堤防や河川が氾濫を起こし、一時は10万人以上が避難に追い込まれるという、おそらく一生の内に一度経験するかしないか位のとんでもない暴雨になってしまいました。

 死者も出てしまった今回一連の騒ぎに対して、こうやって笑い主体で文章を上げることに対してはご批判の声もあるかと思われます。しかし、当時こうゆうことがあったんだよ、ということの記録として、こうやって文章にすること自体にはそれなりの価値があるかと思います。なにとぞ大目に見て頂ければ、書き手としても幸いでございます。

 まぁ今回に関しては自分の目で見てることですからね。こう書いておかんと自分的に整理ができへんのよ。てな感じで前振り終了。では、本題へ。

 その日、幾分遅れ気味のスケジュールを抱えていた私は、外の天気にもWebのニュースにも目をくれず、「あーんバグ取れないよー」と泣きながらデバッグ作業を繰り返しておりました。そもそもバグ出るようなプログラム書いてんじゃねぇよ、のツッコミは痛すぎますので平にご容赦を。

 そんなこんなしてる間にもう7時。「お先にー」と周りの人達がぽつぽつと席を立ち始めます。いいなー、スケジュール遅れてさえいなければとうの昔に帰ってるはずなのになーと心中思いながらお返事返したりしてました。

「お先〜」
「お疲れさま〜」
「お先に失礼しまーす」
「お疲れさまですー」
「ただいまー」
「おかえりー」

 ん?なんか違和感なかったか今の挨拶?・・・・・・あり?なんで戻ってきたの?さっきお疲れーって出てったばっかりじゃないすか。

「なんかねー。もうすごい雨なのよ。外出れないよこんなんじゃ。」

 えーそうなの?確かに天気予報は雨だったような気もするけど・・・よく覚えてないや(笑)。んー、どっちにしろそんだけ降ってるんならそう長いこと降り続くようなこともないでしょ。雨宿りも兼ねておしごとおしごとっと。

 という訳で、なんとか雑務を終えてパソコンの電源を落としたのが午後8時。んー、まだ雨降ってるかどうかわかんないけど・・・とりあえずはチャレンジしてみますわー。いざとなったら駅まで気合入れて走ればいいだけですしー。んじゃお先にー。

 傘を用意して、いざ外へ。

 豪雨。

 ただいま・・・。

 いや、実際には一度気力を振り絞って駅にはいってみたんですけどね。そこで見たものは「JR中央線:運転見合わせ」と書かれた無常な看板。戻る以外選択肢はありませんでした。

 会社に戻り、ズブ濡れになった靴下絞りながら対策を考えます。とりあえずWebで情報収集。うーん相変わらずJRは情報遅いなー。なーんも書いてねーや。所詮デブ企業の対応力なんてこんなもんか。お。東海テレビはさっそく特設ページ開設してる。いや、こうゆうのがあるとやっぱ好感度上がるわーね。がんばれー。俺テレビ見ないけど。

 どうやら新幹線はもちろんのこと、JRも名鉄も近鉄も、地下鉄でさえもほぼ全滅してる状態らしいと。鶴舞線では水が入り過ぎて電車が半分水没したらしいと。どんな雨なんだよそれ。

 とりあえずこの状況下では家に帰るのは諦めた方が安全だろうなー。かといってこの時間ではどこのホテルも空部屋探すのは至難の技だろう。となると会社に泊まらせてもらうか、どっか知り合いを頼るかですか。うーん、でもなぁ、やっぱ会社に一日中いるのも精神的によろしくないよなー。頭も洗いたいし寝る時位Yシャツは脱ぎたいし。つー訳で知り合いの家に電話。「いいよー、こんな時だし」と快諾を頂く。よし、寝床確保。

 結局この後メシ食いぃの再びバグ潰しぃのとしていた関係で、再び会社を出ることになったのは夜10時当たりでした。

 さぁて、ちったぁ雨も収まってるといいなぁ・・・。

 クソ暴雨。

 なんかさっきの3倍降ってんですけど。とは言え仕方ない。ここは既に寝床確保してる訳だし、ここは中央突破じゃ。意を決して歩き出します。

 あのー。歩道が川と化してるんですけどー。どこを歩いても水位がくるぶし〜スネの当たりまで到達してます。歩道でこれということはー。うわー、やっぱり車道で車浮いてるー。中央分離帯で車クラッシュしてるよー。その車が水の流れに沿ってゆらゆら揺れてるよー。恐いよー。

 地下鉄の入口には「バリケードですかこれは」と言わんばかりに土嚢が山積みになってました。もはやこれ位しないと地下に水が流れこんじゃうんだろうなぁ。うへぇ、すごいことになってるよぉ。

 地下に入ったら入ったでそこはまたアナザーゾーンと化してました。そこは一日即席ホームレス体験学習場。いっぱしの服着込んだ兄ちゃんや姉ちゃんが新聞紙の上でうずくまったり寝っ転がったりしています。おそらく家に帰るのも会社に戻るのも諦めた人達でしょう。お姉ちゃんももはやパンツが見えるとかを考える余裕無さげな様子です。ただただくたびれきってます。なんか気の毒・・・。

 幸いにして私は地下鉄一本でもう目的の駅だ。音楽でも聴きながら気長に向かいますかね。なんかさっきのお姉ちゃんには申し訳ない気もしつつホームに向かいます。あ、すぐに電車来た。ラッキー。これなら案外早く着くかも・・・・。

 と思ったら、そうは問屋が卸しませんでした。

 3分ほど経って電車がホームに着いた時、異変が起こります。まだ終点じゃないのに、ドヤドヤと人が降り始めます。なんかみんな文句言ってます。そん時中村一義「ERA」を大音響で聞いてた私は状況がまったく掴めません。慌ててCDウォークマンの電源をOFF。

「・・・この先の駅が水没しているため、当列車はここにて終点となります。」

 なーーーーーーーにーーーーーーーー!!!

 つーことは何かい!わすの向かいたい駅は既に水の中かい!!・・・・・とキレててもしょうがない。状況はみんな同じなんだ。

 えっと。このままこの駅で降りるとなると・・・移動手段はタクシーだけか。この状況下・この人数でタクシー待ちとなると、気が遠くなるほど待たされるのが目に見えてるな。

 つー訳で折り返しスタート地点に戻ってきました。やれやれと。

 さてどうしようか。地下鉄はダメ。タクシーも絶望的・・・バスはどうなんだろう。ダメもとで見てみよう、とバス乗合所へ。

 うへー。ここもドロ沼だぁ。この乗合所、屋根もない、ホントにただの道路の脇の乗合所です。容赦無く叩き付ける雨の中、無言で何十人もの人間が、ただ黙々とバスの到着を待っています。

 げー。ここで何十分も待つのー。これはこれでしんどいよー、と思ってた矢先、バス会社職員らしき兄ちゃんがカッパ姿で登場。

「えー、バスですが、現在交通状況の悪化のため、ここへの到着は40分程かかります。また到着後も、この先が渋滞のため、いつ着くかの保証は持てないことをご了承ください。」

 ぐげげ。つーことはそれまでこの雨ざらしの中かぁ。パス。

 んー。いよいよ策も尽きたか?せっかく寝床はあっても、そこに行けないんじゃもう何にもならないなぁ。もう全身ぐしょぐしょの水浸し。もう疲れちゃったよ。幸いにもここから5分歩けばすぐに会社なんだし、もう諦めて戻って、寝させてもらおうか。

 そうだよ。そうしようよ。このまま大雨の中流浪したって風邪ひくだけだよ。わすの中の多重人格が揃いも揃って「会社に戻れ」コールを繰り返します。もちろん主人格である私も大賛成。全会一致で会社戻りを決定。とぼとぼと会社方面に向けて歩き出しました。こんだけ濡れちゃったけど、やっぱできるだけ地上は歩きたくないなぁ、と地下街をてくてく歩いていた時。

 さっきと光景が違うことに気が付きました。

 そうだ、さっきパンツ丸出しでへたってた姉ちゃんとかがいないんだ。改めて見回してみると改札駅周辺にあんだけいた人々がきれいにいなくなってる。

 これは・・・名鉄。ひょっとしてひょっとして。駅員に尋ねます。ねぇ、ひょっとして電車って動くの?

 「はい、もう出ます!出発前だから急いで!」

 あ、これホントに出るらしい。これでも目的地には行ける。目的地途中で再停車してしまったときのリスクは被ることになるが。どうする?
「行こうよ」
「行くぞ」
「行け」
「行きなさい」
「行くだべさ」
こらこら最後の多重人格者よ、あんたどこの出身だ。まぁ全会一致だぁね。 乗る〜。乗るよ〜。待って〜。

つづく。


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