なにはともあれ雲隠れ


 2月5日(水)。

 という訳で唐突に旅に出ることにしました。

 どうゆう訳やねん。

 いやね、年末に倒れてそのままなし崩しに退職して。療養の名目の元、ひたすら自宅でボーッとしてきたじゃないですか。

 前半(1月中旬位まで)はまだ良かったんです。つーか物理的に体動きませんから。ひたすら心身の疲労感に身を任せ、惰眠の限りを尽くしていればそれでよかったんですから。

 が。徐々に体が動くようになってきて。ダウナーな気分も徐々に忘れていくようになってくると。やっぱ自宅に居続けるのがイヤんなってくるんですな。ワガママだよねー人間って。こらこらお前がワガママなだけ。

 そういえば何年か前、夏休みだったかな?10連休位の連休になって、かつたまたま予定が何も入らなかったから、ムキになってひたすら自宅で過ごす夏休み、ってのを敢行してみたことがあるんですよ。そうしたらやはりその時も1週間位で休むことにダレてしまって、休みなのにすっげー不機嫌になってたのを思い出しました。あの時と同じ感覚。

 なんかこのままひきこもりごっこやってたら、正真正銘のひきこもりになりかねないような。そんな漠然とした恐怖心みたいなものが芽生えてきて。それでなくても今後十何年に一度あるかないかの超大型休暇だってのに(まぁ正確には休暇でもなんでもないけどな)、このまま何もせずにダラダラと仕事入るのかもなんか微妙な感じですし。

 だったらいっそのことパーッと遊んで切り替えた方がいーじゃーん、という結論に到達致しまして。気が付いたら宿取りぃの近辺の知り合いに連絡取りぃのと、その場限りの勢いで一気に決めてしまいました。

 今回旅先として選んだのは山口県は萩市でございます。特に萩に何か思い入れがあるという訳ではなく。寒いから西の方行きてぇ、温泉入りてぇ、予算に合ってぇ、一人で2泊できてぇとWebで条件絞り込んでいったら、ヒットしたのが萩市であったと。そんだけのことでございます。すまんないいかげんで。

 んな訳で飛び乗る新幹線。いつものようにぼんやりとヘッドフォンで音楽流しながら3時間揺られて、小郡駅にて下車。Yahoo!の経路情報によればここからさらに3時間かけて萩を目指すということになります。電車の待ち時間喫煙コーナーでタバコふかしつつ、山陰本線に乗り換えて厚狭まで進んで。

 えっと、次は美祢線で長門市に向かうんだな。駅員さんすんませーんこの列車ってどれ?あ、これ?どうもー。あー1両だけなのね。しかもこれ逃したら次の列車は2時間後とか言ってるし・・・。まぁどうやら典型的なローカル線らしいからこんなもんかー。値段優先で経路選んだしねー。

 と、その時はのんきに構えていたのですが。やられました。山口県めっ、こんな壮大な罠を構えてるとはっ。違う。

 電車が動きだしました。5分もしない内に人里を離れ、鬱蒼とした山の中を疾走していきます。右を見ればどこまでも続きそうな樹海。左を見れば断崖絶壁。底には細々と流れゆく川。おいおいおいここはジャングルか!?これ本当に電車か?探索船とかと勘違いしてないですかぁどうなんですかぁJA西日本様!?

 しかも話はそれだけでは終わりませんで。出発時にちらほらしていた雪が、ふと気が付いた時には猛吹雪に。雪の重みで木が倒れ、電車にのしかかります。バキバキバキっ!乗り合わせた女子高生からあがる悲鳴。ストップする電車。

 車掌さんからアナウンスが。「えーお急ぎの所申し訳ありません。現在進路先を木が塞いでいるため、これより徐行運転させて頂きます。これ以上の運転が無理と判断させて頂いた場合、運行を中止させて頂くことがあるかもしれません。御迷惑をおかけしますが・・・」おーいちょっと待ってくれー!長門市までは意地ででも行ってんと俺どーなるんだぁ!途中で降ろされたってこんな山ん中行く宛なんかねーっつーの!俺は休養しに来たんであってサバイバルしにきたんじゃねーよ!なんて怒号は自然の脅威の前にあっさりとかき消されました。あぁ人間って無力なのね。

 時には止まったり、ゆっくり徐行したりを繰り返していきながら、電車はかろうじて進んでいきます。時には周りの枝木をへし折りつつ。時折車内に響き渡る木の割れる音。加えて雪の方は雹に変わり、窓ガラスを容赦なく叩きつけていきます。パキパキパキパキーっ!そしてまた上がる悲鳴。

 結局2時間位ですかね。なんとか長門市までたどり着くことができましたが。もー疲労困憊。なんでこーなるんだっつーの。疲れ取るために旅行来てんのに更に疲れてどーすんの?でもこのスリルはディズニーランドのアトラクションなんかメじゃなかったですね。動員伸び悩んでるUSJの幹部連中よ。ヒントが欲しけりゃ山口県に来い。JR美祢線には人類の叡智を超えた何かがあります。そうじゃないだろ。

 結局、ホテル最寄駅である東萩駅にたどり着いたのは遅れに遅れ午後8時でございました。本来だったらどこか1、2カ所回ってかつ腹ごしらえもして(節約のため宿泊は素泊まり)からホテル行こうと思ってたのですが。目に飛び込む風景は一面の銀世界。やってる店なんかなにひとつとして発見できず。あーこりゃ高くてもホテルで食った方がいいかなぁ、どうせ食欲はあんまり無いんだからちょっとでもいいんよ、と直接チェックインすることに。

 その後着いたホテルのレストランも、雪の影響で早じまいしてしまっていたので、泣きついてなんとかうどん作ってもらうというエピソードも交えつつ、ようやく部屋へと辿りつくことができました。

 あー疲れたー。えーとまず風呂ー。温泉ー。入ったら寝るー。眠いー。

 2月6日(木)。

 ・・・・・・ふあー。おはよー。

 えっと今何時?11時?そっかぁ目覚ましもかけなかったしモーニングコールも頼まなかったからなぁ。んじゃ朝風呂浴びてから昼ご飯求めてどこかでかけてきますかねぇ。微妙に単語にズレが生じている点に関しては気にしないこと。

 さて、萩の中心部行けばさすがにいろいろあるだろ、いってきま・・・ふぇ?前日の雪の影響でまだ交通マヒ状態?車は動いてるけど、時間通り動けるかはすごく微妙?

 なんじゃそりゃあ!フロントの人曰く、こんなことここ(萩市)では十数年に一度あるかないかの珍事だとか。その珍事にたった一回でブチ当たる私って何?

 とはいえ、そもそもそんなに積極的に観光とかしたいタイプでも無いので、この時点で午後はどこにもでかけずに部屋←→風呂の往復に終始することに決定。昼ご飯だけを求めて散歩だけすることに。

 何度か雪道に足を取られながら歩いてると、見えてきたのは松下村塾と松陰神社。脇に土産屋がありそこに食堂もあったので昼食。とんこつラーメン頼んできたら白湯ラーメンが出てきました(この店はこれをとんこつと呼ぶらしい)が、構うことなく食らいます。ほんと私ラーメンに関しては味音痴だよな。

 ついでなので(ついでかよ)松陰神社でお参り。五円投げてご縁がありますように。特に職。こらそこ、ひくな。

 境内にあった松下村塾の講義室も眺めてみました。雪化粧に覆われた当時そのままの講義室。これがここのメイン展示物らしいのだが。

 ただのほったて小屋やん。おいおい。

 ただねぇ、私歴史は昔から苦手だったし、興味もなかったんですけど。脇に書いてあった説明文で、吉田松陰や高杉晋作が共に享年29歳と知ったときのショックといったらさすがにあーた。つーか何よ!俺より年下やん!この写真何よ高杉晋作のこの恰幅振りは?吉田松陰に至ってはジジイじゃねぇかこれ!20代でこれかよ!

 といったことを頭に置いた上で、もっぺん講義室眺めてみたら。ただのほったて小屋がなんか違うものに見えてきましたです。

 ま、そんな感慨に浸りつつも再び雪道に足取られながら(日が照ってきたので随分とマシに)ホテルに戻り自室に。あー疲れた。そればっかだな俺。

 ・・・あ、そーだここ露天風呂あったんだよなぁ。私元々あんまり露天てのは好きな方じゃなくて、もっぱら内湯を選ぶ人なんですけど。たまにはいいかなぁ、とこれまた気まぐれでそちらに向かうことにしました。

 てくてくとたどり着いてみると、脱衣室には番台役のおっちゃんがひとり。

「いい時に来たねぇ。今天気いいし、風呂誰もいないよ。」

 ほぉぉぉ。ホテルのメイン施設だってのにこれまた珍しい・・・まぁ平日の真っ昼間だしな。んでもせっかくですし、入りますかねぇ。服脱いで。いそいそいそ。

 うわ、流石に裸で外は寒いな・・・とっとと湯に浸かって・・・うぉ、ここ熱い!もうちょっとぬるいところ・・・あ、ここなら大丈夫だ。よっこらせっと。

 ・・・・・・・・おぉぉぉぉぉぉ!

 眼鏡外しているので風景の詳細までは確認できないものの、萩の街を一望できる外観に、外は雲一つない大快晴。昨日の雪が嘘みたい。じわじわと身に伝わる湯の暖かさに、これまたかすかに伝わる太陽光線。

 これは気持ちえぇぇぇ。至福。

 あまりに気持ちよかったので20分位ですか。素で寝てました(笑)。よーく冷静に考えてみたら素っ裸でぐーすかと寝てる姿は永久に人には見せられんな、とも自分でも思いますが。そうなっちまったんだから仕方がない。

 30分位堪能していましたら、人が入ってきて騒がしくなってきて、かついくらぬるいって言ってもさすがにのぼせ始めてましたのでおとなしく退散することに。あーいいお湯でした。ごっそさん。初めてでしたねぇ、露天風呂で好印象得たのは。やっぱ堪能するには「快晴、適温、平日昼間」ってのが欠かせない要素なんだな。覚えておきましょう。覚えてどうする俺。

 その後、さらに内湯入ったりぼんやりとしてる中で、体調の方に変化が訪れてきました。まずひとつめとして肌。アトピーという程のものでも無いんですけど、ひじの裏とか膝の裏とかの汗ばむところがずーっと湿疹のようになってる状態が続いてたんですけど。これが目に見える形で小さくなってる。まぁこれは温泉療法の基本ですけどね。それでも普段かゆいところがかゆくないってのは意外といいかも。

 そしてもうひとつ大きかった変化が胃。そして食欲でした。昨日到着した時点では作ってもらったうどん一杯でお腹いっぱいで、おばちゃんにそんだけで足りるの?と聞かれた位だったのが、お昼ご飯食べて、ちゃんと夕方にはお腹が空くように。

 うーん。やはり温泉に入ること自体が体力も使うし、結構良くすることで胃にもいい影響があるってことなのかな?

(後日下関に足を伸ばした時に、この推測は確信に変わることになります。デスマで体壊して以来、初めて一人前以上の食事が食べられるようになりましたから。帰ってきてからも好物の坂下19番ラーメンのチャーハンをペロリと平らげられましたし。完全に食欲戻りました。食べ終わってから「あ、食べられた・・・」とカラになった皿見て嬉しさがこみ上げてきましたよ。)

 とまぁそんなことをしてる間にも、すっかり夕食頃にはお腹ペコペコに。子供みたいな表現だな、ペコペコって。それはそうと。メシだメシー。今日は食べてみるぞー。レストランへレッツラゴー。

 ・・・・・・へ?レストラン臨時休業?

 なんじゃそりゃー!

 今回の旅では、最初から最後まで結局雪に行く手を阻まれましたな。なんでも雪の影響で市場に食材が入らず予約分以上の余裕が確保できなかったと。交通マヒの影響で従業員が出勤できず料理が作れないと。これらがやむなく臨時休業という判断につながったようです。

 んでも俺のメシはどーすんだコラー!!このまま腹すかせて飢え死にしろってかどうにかしろボケナスがあ!!とフロントに噛みつきまして(一部誇張表現)、従業員さんの車で町中のコンビニ往復してもらうことに。「私もここ長いですがこんなこと初めてですよー。」とはその時の従業員さんの弁。そりゃそーだろ。ホテル送迎のコンビニ通いなんて私も聞いたことねーし。

 自室で買ってきたおにぎり2個と唐揚げ弁当かっ喰らいながら(ムチャクチャ食ってるじゃねーか俺)俺山口まで来てなーにやってんだろーなー、とふと疑問に抱いた瞬間でした。

 その後再びお風呂入りつつ、んじゃそろそろ寝ますかねー。明日は午前中には動き始めないとねー。と一旦は電気消して布団に潜り込んだんですが。

 眠れない。いや、そりゃ確かに湯上がりにも昼寝したから、というのもあるんですけど。やっぱりいろんなこと考えちゃうんですな。

 これまでのこと。私が今こうやって寝っ転がってる時間、前のプロジェクトの人達はようやくオフィス抜け出して、帰りの電車の中で死んだように眠ってるんだろうなぁとか。もしあのプロジェクトで、もうちょっと前向きにやり方の変更押し込んでたら、今頃はこうやって無職なってることもなかったかもしれないよなぁとか。

 これからのこと。これまで自分で動いた転職活動、ぶっちゃけた話全然うまくいかなかったよなぁとか。その一方で前に仕事してた派遣先や旧知の知り合いから「来ない?」という誘いも受けてるとか。どれを取るにせよ捨てるにせよ、これまでの考え方が通用しない面とかも出てくるんだろうなぁとか。果たしてうまく乗りこなせられるのかなぁとか。

 いろんなことを。ぼんやりと。

 2時間位ですか。目さえる一方だし、考えまとまんねぇし。もういいや、と電気つけて、カバンの奥底に押し込んでた「リファクタリング 〜プログラミングの体質改善テクニック」(M・ファウラー著、ピアソン・エデュケーション)をひっぱり出し、読み始めてました。

 もういいや。そんなもん、そん時の流れで決めてやる。今までだってそうやって決めてきたんだ。今自分にできるのはこれだけだ。

 2月7日(金)。

 あーさーでーすーよー。

 気が付いたら電気つけっぱなしで、「リファクタリング」の中に顔うずめて気絶してました。子供か俺は。

 寝ぼけ眼のまま朝湯へ。途中すれ違ったおばちゃんがこっちをじろじろ見てたのは、おそらく浴衣が左前になってたからでしょう。気付かんかった。つーか未だにどっちがどっちか分からなくなるんだよなぁ?正面から見て左(自分から見て右)がいけないんだよな?あれ?どっちだっけ?逆だっけ?

 わすわすわす(体洗う音)。じゃーっ(体流す音)。ざばーっ(湯に浸かる音)。ぷはー(嗚咽を漏らす俺)。今度はおっさんか俺。

 まぁなんだかんだであっと言う間の2泊3日でしたなぁ。いつのまにやら始まってた雲隠れも今日で終わり。またこれからは世知辛い世の中に揉まれていく訳ですなぁ。

 まぁいっか。それはそれだ。昨日言った通り。できることしかできねぇんだからそれをやるだけだ。

 そんなことを勝手に結論づけながら、湯船に顔を沈めてました。ぶくぶくぶく。やっぱり子供か俺。

 んじゃ、そろそろ行きますかーね。着替えて荷物片づけて、最後にもっぺん一服しつつごろごろしてからチェックアウト。お世話になりますたー。

 さて。私は今からちょいと下関に足を伸ばしてきます。こっからはまた別のお話っつーことで。

 それじゃ。行ってきまーす。いろんな意味で。


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