オブラート的禁止令
知り合いさんから聞いたこんな話。
「最近さぁ、うちも服装カジュアル解禁になったんだよ。」
あらまよかったじゃない。堅苦しいだけの背広ネクタイからおさらばできて。
「それがねぇ。そうじゃないんだよ。うっとうしい。」
へ?そりゃまたなんで?
「まずジーンズ禁止。」
まぁこれは良く聞くよねぇ。ほらなにせ目上の人って必要以上にジーンズ敵視してるところあるから。あれって結局は自分が着られなくなったからってひがんでるだけだよねぇ・・・と言いつつ俺も最近着てねぇんだよなぁジーンズ・・・太ったもんなぁ・・・
「あんたの話は聞いとらん。」
へいへい。
「で、次に襟の無いシャツ禁止。」
・・・これも良く聞くんだけどさぁ。襟の無いシャツってTシャツ位しか思い浮かばないんだが。他にあったっけ?なんで素直にTシャツって言えないんかね?
「さぁねぇ。ジジイの考える事はよぉわからん。こうゆう細かい禁止事項がウジ虫の如く湧き出てきたんよ。並べようか?シャツをズボンの外に出すの禁止。半ズボンも禁止。靴下必ず着用のこと。スニーカー及びサンダルの着用禁止。金髪や脱色禁止。男性のピアス及びネックレス禁止・・・」
あのーすいませんストップストップ。ちょっとお伺いしたいのですが。それのどこがカジュアル推進なんですか?カジュアルって言葉に便乗して規制増やしただけじゃん。
「でしょ?意味ねーもん。でお偉いさんが常時服装チェックしてるようなもんだからひっかかったら即お説教。怒られる材料増やされただけだって。」
それ脳ミソが道路族議員並に腐ってませんか?
「で、とどめはこれよ。ムカついたんで推進日にいつも通り背広ネクタイで出勤したのよ。そしたら何て言ったと思う?『君ぃ、今日は推進日なんだからちゃんとした服装してきなさい』」
ぶははははははは!!吉本新喜劇かテメェの会社は!?
「本人達はマジなのよ。大マジ。」
・・・・・・・・・ははははは(乾いた笑い)。
ちょっとひきました。
その後も雑談であーだこーだ喋ってたのですが、カジュアル云々以外にも万事こんな調子らしく(さすがにこの辺はディープで書けん(笑))、やはりこの方も現在転職活動中だそーで。そーか結局そうならざるを得ないよなー。お互いがんばろーぜー。何をここで励ましあってるか私達よ。
まぁそれはともかく。今回のこの一連の会話はいわゆる前フリなので、今更背広がどうだのネクタイがどうだのといった話はしません。ていうか話す価値もねぇ。過去文で散々書いてるから適当に漁ってくれぃ。
それよりもこの話聞いてて「これじゃあダメだな」と妙に納得してしまった点があって。例としてちょっと上の話を改めて完結にまとめてみましょうか。
「カジュアル着てきていいです。但し、ジーンズ禁止Tシャツ禁止スニーカー(以下略)」
こうなりますよね。で、ちょっと考えてみてくださいな。
「○○○可。但し、×××禁止△△△△禁止■■■禁止(以下略)」
会社、というか組織が存在する以上、大きいことからどうでもいいことまで、それこそいろんな規則あると思うんですけど。ほとんどがこの図式に当てはまるんじゃない?
加えて厄介なのが、これを考え出す側(まぁ99%は管理者や経営者ですが)の思惑は、あくまで「但し」以降にしか存在していないと。○○○可の部分ってのは刺身のつまみたいなもんなんですわ。見栄え重視のまやかし。結局は相変わらず「あれはダメこれはダメ、ダメだ禁止だ不許可だ〜〜〜〜!」と大声でわめいてる従来のやり方と、何らレベル変わってない訳で。
これじゃあ意味が無いんですよ。むしろ悪化してるとさえ言えて。
まず一点目。これはもう今更言うべきレベルの話じゃないと思うんですけど。禁止して人を抑え込むことが管理という「禁止信仰」に、脳髄から骨髄から毛細血管に至るまで完璧に染まりきっちゃってるという現実が確実にありますな。禁止しないと組織をコントロールできないと盲目的に信じ込んじゃってるから、無闇やたらと禁止を連発する。禁止の網の目をくぐる輩がいたら即塞ぐ。ひたすらこれの繰り返し。箱にいれたカブトムシ逃がさないようにガムテープぐるぐる巻いてたら、空気穴全部塞いじゃってあっという間に死なしちゃうのと変わらないですこれじゃ。口を開けば禁止禁止、では言われる方は意気消沈しちゃうよね。
次、二点目。これは言われる側だけじゃなく言う側にも負担になるんだぞ、てことが意外と理解されてないような気がしてましてね。むしろこっちの方が重要かつ深刻なのかもしれん。
だってさ、今までなぁなぁにしていたものを「禁止」と言ってしまった以上、それを守らせる、という作業が発生しちゃうでしょ?場合によっては「ほったらかしにしておく」ことが最も効率的な管理方法なのかもしれないのに、それをわざわざ自分達から放棄して余分なおしごと増やしちゃってる。こうなると端的に言うところの「おめーら他にやるべきことねーのかボケナス」な無駄制約が、組織全体を追いこんじゃうのは自明の理ですわーね。いわゆる大企業病。または大企業コンプレックス。
んで最後三点目。こうゆうオブラート的禁止令の一番やっかいな点。出す側はこれやっちゃうことで「いいことをした」と思い込んじゃうということ。ま、簡潔にいってしまえば責任逃れ。
実質的には規制強化以外の何者でもないんですけど、冒頭のお題目持ち出すことで「俺はいいことをやった」と無意識のうちに論理のすり替えをしてしまうんですな。そのお題目が友好かそうでないかなんてのは意味をなさない。お題目があることの方が大事なんですよ、となっちゃう。
こうゆうのは理論じゃないんでしょうね。人間が元来持ってる自己防衛本能みたいなのがこうゆう思考回路を生成してしまうのかもしれません。でもやはり実質的には何も変わってない訳で。オブラート一枚包みこんだだけで、本質的にはそのまんま。むしろ危険分子隠蔽することによるデメリットの方が大きいとさえ言えると。
これ、いざ直面してみるとホント厄介っすよ。だって出す側はこれを「善意」だと思い込んじゃってる訳ですから。正面から正論ぶつけようが右から左ですよ。ある意味カルト信者を宗教から引き離すに等しい行為。いいんかそこまで言っちゃって・・・まぁいいでしょう、「禁止信仰」自体カルトみたいもんですから・・・。
・・・ん?となるとだ。今ふと思ったんですけど。長年こうゆうやり方を続けていた企業の持ってる論理って、世間一般的な論理とは全く違った「別物」になっちゃってるんじゃないかなぁ・・・。例えば、我々(勝手に読み手ひきずりこんでますが(笑))にとってはもはや「ネクタイ締めてない位で血管切れるような勢いで本気で怒ることができる」、という価値観そのものが理解できない訳じゃないですか?もはや違う人種のように見えてしまうと。下手すると人間にすら見えないと。
これが何も服装だけのことじゃなくて、お金のことやら職務そのもののことやら、既にいろんな面に派生してるとしたら・・・・・・。
歪んでるなんてもんじゃなくて。
これってもう既に壊れきって腐りきってるゾンビ?
・・・・・・殺るしかねぇか?
怖い考えになってしまった。思考停止。寝よう。