円満退職の儀
こんにちは。今週も「すこやか文化講座」の時間がやってまいりました。人がより充実的で健やかな毎日を送るために必要な知識やマナーについて、皆さんと一緒に勉強していきましょう。
今週は第57回、「円満退職の儀」についてです。上司に退職の旨を伝え了承をもらう、サラリーマンの方ならば何度か行われることであろうこの大切な儀式。これをつつがなく終えるために必要な心得について、今回は皆様と一緒に学んでいくことにしましょう。
それでは今回のゲストです。先程、実際に「円満退職の儀」を終えられたばかりのふじはらひろきさん(29歳:無職)です。
「どうもこんにちは。」
先程実際に儀を終えられたばかりですが、どうでしたか?
「いやー。しんどかったですよー。でもねぇ、まさか私のような人間が円満退職できるなんてねぇ、考えられないことですよね。」
その一言だけで会社との関係が透けて見えますね。でもそれだけ伝える側/伝えられる側の潤滑剤として、いかに儀式が重要な役割を果たしているか、ということも表してます。
それでは先程の儀をVTRで記録してありますので、これをご覧になりながら、実際に儀式をどう進めていくのかを見ていくことに致しましょう。
「円満退職の儀」はいくつかの儀が組み合わさった形で構成されております。流れとしては「退職の理由を伝える」「了承を貰った上で退職願を手渡す」「退職に伴う各手続きの説明を聞く」「周りの方へのお披露目」という流れを取ることになります。地方や風習によって多少の違いはありますが、大きく変わることはありませんのでご自分の地方の進め方と比較しながら眺めていくといいでしょう。
それではひとつめのものから順番に見ていきましょうか。
一、「伝達の儀」
密閉された部屋の中に打ち合わせテーブル。この中に貴方と上司さんが顔を合わせる形で座ります。ここから既に儀式は始まっております。
「さすがにこの時は緊張しましたねぇ。前日胃が痛かったんで2時間しか寝てなくて。眠くて眠くてたまらんかった。」
緊張してないじゃないですかそれ。
「前にも言ったけど、私緊張すると眠くなる特性なの。」
病院行ってください。説明に戻りますね。基本的に儀式が始まってからは上司さんが進行していきます。上司さんはこの儀式の為の訓練もやってますし、前の退職者さんによって実績も積んでますので、貴方は安心してその進行に乗ってください。無理に話を遮ったり、激高して胸ぐらをつかんだりしてはいけません。
「あ、それ2回位やりそうになった」
よくガマンできました。そうです、これは儀式なんです。既になぜ退職するか等のやりとりは既に散々やってますからね。あくまでここでは「円満退職」を目的にしている以上、余計なことは考えず、儀に集中するのがいいでしょう。禅の心境に通じるものがありますね。
上司さんが貴方に対してひととおりの理由や慰留の問いかけをしてきますので、素直に答えていくことで儀を進めていきます。お時間は上司さんにもよりますが大体30分〜1時間位を見ておきましょう。
「ていうか途中から同じ質問が続いてましたけどね。」
それがこの儀の最大の目的です。両者が納得した、という空気を確実にするためには必要なことなのです。
二、「辞表奉納の儀」
一通りの会話のやりとりが終わった後、上司さんが「それで、退職願の方は準備していますか?」と切り出してきます。ここから二つ目「辞表奉納の儀」へと移ります。全体の中でも最も重要な儀となりますので、気を引き締めていきましょう。
貴方は予め用意しておいた退職願を取り出し、向きを上司に向けた上で、宜しくお願いします、と机の上にそっと置いてください。直接手渡すのではなく、投げつけるのでもなく、静かにそっと机上に置く、というのがポイントです。ぐっと場の緊張感が高まるのが実感できるはずです。
「その場で封筒ごと破られないかとドキドキもんでしたけどね」
過去にどんなケンカしてたんですか。
それはそうと、上司さんが「失礼します」と退職願を手に取り、文面等をチェックします。問題なければ「仕方ないですね。わかりました。」と受理されることになります。これにて「辞表奉納の儀」成立です。おめでとうございます。
「ありがとうございます」
あなたには言ってません。儀式の方はここから「今までやりとりしたことを確実にする」ための確認に移ります。既に退職は成立していますが、円満だということをより確かにするためにも気を抜かずにいきましょう。
三、「有給霧消の儀」
まず始めにお伝えしておきますが、これはローカルルールです。たまたま今回のふじはらさんの会社がこの儀を行っているだけということで、すべての場で行われるということではありませんのでご注意ください。
先程も申しましたが、会社によりましては当初勘定していた退職金を目減りさせる「退職金奉納の儀」や、袂を分かつべくお互いがお互いをわざと罵倒する「縁切りの儀」などが執り行われることもあります。予め儀を済ませた退職者さん等にそれとなく聞いておくことをお勧めします。その日になって慌てないよう、事前の準備は怠らないようにしたいですね。
「こちとら慌てたっつーの。まさか最後の最後まで有給却下されるなんざ考えてねーっつーの。」
こんなことにならないように気を付けましょう。
それではこの「有給霧消の儀」ですが、本来法の下でも保証されており、使って当たり前である残り有給日数を敢えて返上することによって、相手に対して最後の義理を果たしましょう、という意図が込められています。
通常、退職願を出す場合は、有給日数を計算して、使い切れる日を退職日として設定することが多いと思われます。
「というかそれが当たり前ですよね」
いやそこまで断言する必要は・・・でも、退職願にはこの通りに書いて構いません。というよりは儀を執り行うためには必ず希望する日付の通り書かなければなりません。
退職願を一旦受理した後、上司さんが「それでですね、退職日のことなんですけど・・・」と切り出してきます。ここからが儀が始まります。
「本来有給とは在籍しているものが云々、退職しますから有給使って云々・・」と祝詞を朗読しますので、厳かに聞いてください。
そして最後に「という訳で有給は使わない形で改めて出してもらえますか」と切り出してきますので、1回目、及び2回目は「いいえ」と返事をしてその理由を述べてください。
ここで注意です。最後はそうなるとわかっていてもこの場合、絶対に1回目で「はい」とは言わないように気を付けましょう。単純に有給を損するだけですし、1回「いいえ」ということで、特例として使える有給が少しづつ増えていくしきたりとなっておりますので、くれぐれも間違えませんように。
というのも、お互いが少しずつ譲り合い最終的に両者合意に達しました、という証を残すがこの儀の目的だからです。お互いが我慢をして譲歩しましたよ、円満退職だからできるんですよ、という証になる訳です。
なお、ここでは「いいえ」と言う際、例外的に貴方が上司さんに対してきつい言い方をすることも儀の演出として許容されておりますので、ここでチクリとやってしまっても気にしなくていいです。
「つーか最後までこの点に関しては意見が合うことはなかったなぁ」
愚痴なら番組が終わってからお願いします。
そうして3回目の際に上司さんがある程度妥協した日付を提示してきますので、そこで初めて「わかりました、仕方ないですね」とこちらも妥協しましたということを示す形で同意してください。
その後退職願とは別に「退職届」を出しますので、そちらに合意した日付を記入します。これで儀は成立です。
「あ、でもうちの場合退職願をもう一度書き直しましたけど」
それもローカルルールですね。上司さんの指示に従ってください。
会社によってはこのような独自の儀を複数執り行う場合もありますので、これから退職される方はどうぞお気を付けください。
四、「退職披露の儀」
これが終わりますと一連の儀が終了することになります。
上司さんが「それでは社長の方に報告を・・」と促しますので、会議室を出て、オフィスに待機している社長のところにご挨拶に行きましょう。
なお、この際に誰に挨拶にいくかは会社の規模や習わしによって変わりますが、誰に行くかは上司さんが指示しますので、貴方が「誰に挨拶に・・・」と迷う必要はありません。指示された人にのみ挨拶に行けば結構です。逆に指示されてない人に報告するのはタブーとされております。気を付けましょう。
挨拶の方法ですが、こちらが顛末をすべて報告する必要はありません。相手さんが「話の○○の方から聞いてます。どうもお疲れ様でした」と切り出しますので、素直にお礼を述べましょう。後はビジネスの型通り、「ご縁がありましたらまたよろしくお願いします」等の通常のやりとりで構いません。
長話する必要もありませんのでやりとりを終えましたら改めて相手さん、そして儀を執り終えた上司さんに一礼し、「失礼致します」と場を去りましょう。この時、親しい同僚や後輩を見つけたからといって世間話に興じてはいけません。手早く身の整理を終え、速やかにかつ厳かにオフィスを退出しましょう。振り返ることなく見えなくなるまで歩き続けましょう。
これで一連の儀式がすべて完了したことになります。お疲れ様でした。
「お疲れ様でした、いやはやホントに」
という訳で、VTRを基に「円満退職の儀」について学んできた訳ですが、改めてふじはらさん、ご感想は?
「いや、まだ整理ついてない状態なんですけど。改めて考えると不思議なモンですよね。実際去年にドンパチやらかしてた時は、懲戒解雇覚悟でしたし、相手も当然懲戒したれ位の事は考えてたでしょうしね。それが今回のではウソのようにスムーズに。なんつーかね、田舎でやってるどマイナーな宗教みた」
あわわわわ、不適切な表現、誠に失礼しました。誰よこんなん呼んだの。でも、時と場合によっては、こうゆう儀式も必要な場合もある、ということはおわかり頂けたかと思います。皆さんも常日頃から心構えをしておくと、よりスムーズに円満退社ができると思います。ぜひご活用ください。
それではお時間となりました。来週は第58回、「ハローワーク禊ぎの儀」をお送りする予定です。それではまた来週。さようなら。