自問自答


 まずはじめにごめんなさいをひとつ。

 通常でしたら区切りの回ということで、くっだらない漫才やるのが恒例だったのですが。ごめんなさい一ヶ月粘ってもネタ思いつきませんでした。今回パスの方向で。また思いついた時にでも書こうと思いますのでご容赦ください。

 という訳で今回はいつもの通りに。


 で、今回書く内容ってどちらかといえば隔離場所向けなんですけど、そっちの読み手さんにはあんまり読ませたくない内容でもあったりしますのでここで書く。まぁどっちに書いたところで読まれるからどうでもいいという説もあるんですけど。なんじゃそりゃ。

 話としてはちょいと前になってしまうんですが、Tech総研が出してる「エンジニア白書2004」という本を買いまして。要は各種のエンジニア当人に対して行ったアンケート結果をまとめたものなんですが。

 読んでたらまぁ出てくるわ出てくるわ、これでもかと言わんばかりにネガティブな記述が。確かにもともとリクルート自体、転職を商売にしてるところですからね。「転職して新天地を目指そう!(その際にはウチをよろしく)」なバイアスがかかっているであろうことは安易に想像できるんですけど。それを差し引いてもこれはちょっとひどいんじゃねぇかと。夢も希望もない調査結果がズラリ羅列。数字ってのは時として残酷です。読まなきゃ良かったって思いましたよ一瞬。

 あ、そうそう。あといっこ、数字眺めてながら気付いたことがあって。以前でしたら(エンジニアに限らないんだろうけど)成功といったら、例えば新技術世に送り出して名声得るだとか、大金せしめて美女はべらせてワッハッハとか、そうゆうイメージがあったりしたじゃないですか。典型的ステレオタイプなたとえですいませんが。

 でも今って確実にそうじゃなくなってるなぁと。成功とは3食まともに食べることが出来て雨露凌げる場所で眠りにつけること。せいぜい望めるのはここまで。そんな心情が集計結果から滲み出てるよーな気がしてきましたな。かつてはスペシャリストと呼ばれてた者も、今は入れ替え可能な一部品に過ぎないと。

 もちろん「そんなことない!エンジニアはそこまで落ちぶれてない!」と反論の声はあるでしょうし、私もその声を遮るつもりは毛頭ございませぬ。そこら辺はそれぞれの思うように突き進んで頂ければと思うんですが。

 こと自分に関して言えば、とてもそれを叫ぶ気にはなれないなぁと考えてしまうんですな。さぁてこっからどんどん内なる世界にひきこもりますよー。鬱な文章お嫌いな方は、ここらで読むのやめておきましょー。

 

 

 ん、ポジティブな人いなくなったね。んじゃ勝手に書かせて頂きまふ。こっからは他人のことなんぞ知ったこっちゃねぇから。それ開き直り過ぎ>俺。

 で。まず単純かつ深刻な問題として、現段階の自分がどんな仕事したいのか、将来どうやって生きていったらいいものやら。さーぱりとわからんわ。というのがあるんですな、根本として。

 確かに一昨年から去年にかけて、散々退職だの復職だのネタにして、あーだこーだとは抜かしてはきてましたが。実のところ「じゃあ自分は何がしたいの?」てな部分に関しては一向に光が見えてこないどころか、ますます深ーく重ーい雲の中に隠れちゃってるのが現状なんですよね。ぶっちゃけた話何がしたいのかなんてさっぱりわからん。

 今おしごとにしているSE業務やプログラマ稼業に対しても、何が一体楽しいのやらと考えてしまうことすら多々あったりしますし。イヤな表現になっちゃうかもしれないけど、別に楽しくも有意義でもなんでもないけど、メシ食うためにはこれしかないからやってるだけ。そんな惰性的な感情もあったりします正直。前にこんな愚痴書いたりしてますが、ここから改善したどころか、ますますドツボにはまってるよーな気がするんですな。

 そんな感情が存在するからなのか。ずーっと頭の上に重石乗ってるよーな閉塞感感じたりしてますね。もちろん理性的な部分ではそれに対する否定的感情もありますけど。己の闇がそれを食い潰してるよーな感じ。

 だからなんでしょうかね?駅の高架下で寝転がってるホームレスのおじさんとか見ると「20年後は自分もこうなっちゃてるのかなぁ」とかマジメに考えたりしますよ(そこから発展させてこんな文章こしらえたりしましたが)。どうせ人間のクズなんだし最後は人間のクズらしく野垂れ死にするのがお似合いなのかなぁと。

 勿論本当にそんな悲観的シナリオを実現させる訳にはいかないんですけどね。今ある仕事は自分なりの全力でやってるつもりだし、世間様に追いつけるように馬鹿でも馬鹿なりに勉強してるつもりだし。思いつくことはやってる。

 でも、どうにも闇を振り切れませんな。どうゆうことなんでしょう?いや読み手さんに問い掛けて何になるんだってのはわかってはいるんですが。

 隔離場所ではあくまで現状の問題把握をメインとしてる(と勝手に思っている)ので、絶望してしまわないようどんなに文中ネガティブな方向に突っ走ろうとも最後には少しでも前向きなこと書くように心がけてるつもりなんですが。

 よく考えてみたらそれ自体、今の自分の心境反映しちゃってるのかなぁとも思ったり。以前の自分だったら「このやり方で俺はいく!ぜってー潰されねぇぞ見てろてめーら!」的な反骨心がベースになってたと思うんですけど。最近どうも「俺はなんだかんだで落ちぶれちゃったけど、せめてこれ読んでる人だけでも生き延びてくれ」的な思考にシフトしちゃってるよーな気がしてきて。これじゃいけないはずなんだがのー。うーむ。

 だからなんですかね。最近ちょっと「隔離場所作ったのは失敗だったのかなぁ」と思うようなこともあるんですな実は。無論だからといってやめるということはまだ考えてはいないのですが。

 時として「なにふざけたこと抜かしてんだ糞が」とか「てめぇの脳内理想押し付けんないっぺん死ね」とかの罵倒も飛んでくると。まぁ自分勝手に書いてる訳ですからこうゆう反応が返ってくることもごく自然のことですし、自分一人だけなら「ぎゃーぎゃーうるせーよ黙れ馬鹿。俺に直接言う暇あるんだったら、己の考え書いて世に問えよ能無し」と捨て台詞吐いて終わりなんですけど。

 自分一人だけじゃないところに問題があるんですよねぇ。言ってしまえば「自分勝手だから」というこれまでの詭弁が通用しないと。自分達の業界自体に、いろんな人がいていろんな考えがある、その中に自分もいるということを意識してしまうと、嫌でもその間にある考え方の断裂が嫌でも目に飛び込んでしまう。

 うっかりリンチ殺人の現場目撃してしまったような、そんな気まずさがあるんですよね。結構ヘビーですよこれ。ボディブローのように効いてくる。

 すまんね長いこと愚痴って。まぁこのまま続けてても埒があかないので、そろそろ脳内の理性部分も取り出していこうかと思うんですが。

 結局のところそれでも開き直っていくしかねーんだろうなー、とか思ったり。次の行き場が見つからなくって右往左往してる、ってのは何も自分だけじゃなくて、組織や会社、もしくは業界、下手すりゃ日本全体がまんま抱え込んでる課題のよーな気もするし。そんな中一人悲劇のヒーローぶったところで誰も同情してくれる訳でもなければ手を差し伸べてくれる訳でもないと。

 とは言えそれだけじゃ心の闇は消えてくれないと。そことどう共存してくか、折り合いをつけていくことでなんとかするしかねぇんだろうなぁ、と自分では考えております。それこそ自問自答しつつ。お、タイトルにようやく結びついた。ムリヤリとかゆーな。

 

 最後に。この自問自答ってのは、スネオヘアーの「自問自答」(「スネスタイル」収録)という曲からイメージ頂いております。バカJASRACにイチャモンつけられるのイヤなんで歌詞引用はしませんが、仕事帰りの電車の中で飽きもせず繰り返し繰り返し聴いてたりしますね。なんか素直に今の感情が乗ってるよなぁと。どうしようか迷ってる、周りからは決断けしかけられる。それでも決断できず迷い続ける・・・そんなぼんやりとした焦燥感。

 こうゆう状況が心地よく感じるようになると。

 また違った世界が見えるようになるんですかね?


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