「価値観」の対峙


 えっと突然なんですが。

 すごい本を読んでしまいました。先程読了しまして、そのままキーボードを叩いておりますが、もはや人間の想像すら超えたねこれは。この興奮を如何にして文章で伝えようか、どきどきしております。

 という訳で今回は特別緊急特集として、丸々一本、この本について書いていこうと思います。タイトルはこれ。

 「SEの処世術」 岩脇一喜著/洋泉社

 あーどきどきする。まずははやる気持ちをぐっとこらえて奥付を冷静に眺めてみます。

 もしこれが1994年5月刊でしたら、題材にすることさえ無かったと思います。1999年5月刊であっても、せいぜい「まぁこうゆうのもありだよね」と軽く流して終わりだったかもしれません。

 2004年5月刊。

 我が目を疑いました。産まれたてピッカピカの新刊です。びっくりしました。まさかこのご時世に堂々とこれを出してくるとは。未だに信じられません。

 さぁアドレナリンが分泌されてきました。本を開きましょう。

 目次にはこうあります。

 第1章:サラリーマンとしての処世術
 第2章:職人としての処世術
 第3章:芸術家としての処世術

 こう並んでます。一見ごくごく普通のお題目に見えるんですが。ははぁなるほど、これが最後に見事に混ざり合って理想のSE像を投影させていくのだな、とお思いでしょう。

 混ざってません。

 見事なまでに混ざってません。

 おそらく章単位に本をカッターで切って、新たにカバーでっちあげて3つの本として独立させても、おそらく誰一人として気付かないでしょう。それ位混ざってません。

 さぁいよいよです。いいですか?準備はできましたか?本文に入りますよ・・・・。

 ・・・・。

 ・・・・・・・・。

 ・・・・・・・・・・・・。

 ぷ。

 ・・・ぷぷっ・・・ん・・・ぶわっはっはっはっはっは!わはははははははははははははははははあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃhyahayahahahahaaaaaaaa!!!!!!!

 なんじゃこりゃーーーーーーーー!!!!!

 失礼しました。

 いやーびっくり。とにかく最初から最後まで、1ページ単位でツッコミ入れまくれます。まがいなりにもそれなりにSE心得本的なモノはいろいろと読んできたつもりですが。こんなの始めてですよ。ページ読むたびにここまで笑い転げたのは。事実、うっかり満員電車の中でとうとう笑い堪えきれず車内で爆笑してしまいましたもん。

 あのですね。ここまで来ちゃうともう怒りとかそんなのは余裕で吹っ飛んでしまいますな。心の底から笑える。それだけでも740円の元は取りましたよ。

 もはやこれは技術書でもなければ指南書でもありません。新機軸のエンターテイメントですね。テレビでへらへらしてるお笑い芸人共よ!岩脇一喜を見習え!土下座して笑いとは何かを乞うてこい!

 笑いの新時代がここにあるだ!さぁまずは書店に駆け込め!!


 ふぅ〜。前フリだけでここまで書いちゃった。最終的にどれだけの文章になるんでしょうか。自分自身でも制御できなくなりそうで怖いんですが。

 それでも書くべき事は書かないといけないので、そろそろ落ち着いて組み立てていきましょうかね。

 まず、この本全体を読んで思ったこと。これ、単なる狂人製造マニュアルですね。もしこの本に書いてあることにそって実践していった場合、ひょっとしたらSEとしての評価はそれなりに得られるかもしれません(実際はかなり怪しいと思うけど)。でもその代償として確実に人生が終わります。狂ってますこの人。

 で、この著者さん、偉大なる先人達にことごとくケンカ売りまくってます。トム・デマルコ&ティモシー・リスターはもちろんのこと、フレデリック・P・ブルックスJr、エドワード・ヨードン、ケント・ベック、アリスター・コーバーン、ピート・マクブリーンにマーチン・ファウラー。

 見事なまでに全員を敵に回してます。

 全編に渡って、とにかくすべて彼らの逆のことを言い続けてますから。これだけ続くともはや知っててワザとやってるとしか思えません。それ位ひどいですわこの本。だからこそここまで笑ってしまう訳なのですが。

 この驚きはぜひとも実際に本を読んで実感して頂きたいので、引用とかはしたくないのですが(映画のラスト喋っちゃうよーなモン)。それでも信じられない方のためにひとつだけ。

「かつては熱があっても無理をして出勤していた。最後の最後まで期限を守ろうとして不眠不休で働くのはあたりまえだった。休日はともかく、営業日の夜にプライベートの予定は絶対入れなかった。これらはすべていまでは非常識として扱われる。だが、私はそうは思わない。むしろ、かぎりない美しさを感じる」(p.176)

 どうよこれ?イっちゃってるでしょ?私これ見たときは虫酸走って本壁に投げつけたんですけど。これ別に「飛び抜けた文章」じゃないんですよ。ごく普通の文章。最初から最後までこのクラスの核爆弾がこれでもかと投げつけられる訳ですよ。びっくりするよホントに。

 私はゲラゲラ笑いながらこの本読んだ訳なんですが、冷静に考えたら、笑うという行動に出たのは、催眠洗脳から己を守るために出た防衛本能なのかもしれません。私はこの本を読んでうんうんと頷きながら「そうだそうだ」と言える人の感性を疑います。

 でもね。現実はそう甘くないんだ。そしてこれがもっとも怖いところなんですけど。

 それは何かというと。実際にこの本を読みながら「その通りだ、よく言ってくれた」と共感、賛同する人達ってのが確実に存在する、ということなんですよ。

 共感できる/できないは一端脇に置いておくとしまして、冷静に節単位に読んでみると、実はこの本で挙げられてることってそんなに新しくもなければ斬新という訳でもないんです。言ってしまえば、著者さん曰くの「過去の偉人」から得たことを再構成しただけなんですな。

 冒頭で「1994年5月刊でしたら、題材にすることさえ無かったと思います」と振りましたが。実際に、もしこの本が10年前に出てきたのであれば、笑いのタネどころか、絶賛の嵐、スタンデングオペーションすらしてたかもしれない、ということが考えられるんです。それだけその当時の「価値観」が反映されています。そして「価値観」を持ち、考えて、行動していた人達にとっては、この本の内容が冗談でもなんでもなく「理想像」なんです。

 そして更に言うなら。おそらくこの10年の間、この本に書いてある「価値観」にかなり似た「暗黙の了解」によって、プロジェクトが実際に動いていた、ということが言えるよーな気がしてくるんですな。

 そしてその結果として、今の惨状があると。

 そうゆうことになりゃしませんかね?私、これ気付いた瞬間、背筋凍ったんですが。

 と同時にこんなことも考える。もしこの「価値観」に従って行動しているとするならば。

 永久永劫、デスマーチがこの世から無くならないということも意味するんですよ。

 彼等にとってはデスマーチこそが「仕事場」であり、そこにいることで己の存在価値を証明できる訳ですから。裏返せばデスマーチが無い限りは己の存在価値はゼロなんです。生きてる意味が無いんです。

 となれば。彼等の望む結果としてプロジェクトがデスマーチに突入していくことは、ごく自然な行動ですよね?彼等の「価値観」に従うのであれば、火の燃えさかる悲惨な方向に足を進めるのが「正しい行動」。こうゆうことになる。

 そりゃデスマーチ無くならない訳ですわ。妙に納得してしまいましたね、この本読んでて。

 さてと。そんじゃ最後にひとつだけ指摘させてもらっていい?この本全般を読んでいて感じた根本的でかなり否定的な疑問。

 この本、確かにタイトルの通り「処世術」に対して書いてあります。サバイバル読本としての一方法、として見れば。

 でもね、どー考えても「処世術」以上のモノがこの本から提示されているとはとてもじゃないけど思えなかったのよ。タイトルの義理は果たしてるけど、義理しか果たしてない。

 確かにこの本で繰り返し展開されている競争意識や自己の存在意義。それを誇るのもいいでしょう。これも己が動くためのアイデンティティーであることまでは否定はしません。

 でもね。この通りのことをそのまま実践しても、それはあくまで「SEとしての成功」であって。「プロジェクトの成功」や「会社の成功」、更には「顧客の成功」や「人生の成功」には全く繋がってないんじゃないの?もっと言うならば、己の保身のために、周りはもちろんのこと、自分自身でさえも「生け贄」に捧げちゃってるんじゃないの?と感じざるを得ないんですな。

 あーしろこーしろ、そんな提言が出てくるたびに、私には「ザ・ゴール」で繰り返し描かれてたあの風景が思い浮かびました。

 売れるあてもなく、山の如く積み上げられた在庫の山。

 そしてその横で、血眼で売れない部品を作り続ける従業員。

 私には、限りなく同じに見えるんですけどね?


 さてと。自分がこの本に対して言いたいことはあらかた書き切りました。賛同とか反論とか、そんなもんどーでもいいです。あとは皆さんそれぞれの感想に委ねることにしましょー。

 この本から何カ所にツッコめるのか、如何に反面教師にできるのか、更にはどうすればこんな生き方をせずに「成功」することができるのか。それを皆さんにそれぞれ考えて頂きたいです。

 それを己で自問自答するも良し。勉強会開いてフリーディスカッションするも良し。冗談抜きでそれだけの価値あると思います。

 とにもかくにもこの本、普段とは逆の意味で強烈にお勧めです。全員読め。義務。借りるの禁止。買って読め。

 最後に読む上での注意点。

 それでは皆さん、あとは任せた。


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