無理を無理と言えない


 要求に答えることができないということを、如何に顧客の機嫌を損ねずに伝えるか。できないものはできない。でもお客さんを怒らせる訳にもいかない。今も昔も難しい問題ですねぇ。

 おや?ちょうど島向かいの右端でプロジェクトマネージャーの高村さん(仮名:37歳)が、携帯電話で何やらお客さんと話をしていますよ?どれどれ、ちょっと聞き耳を。カラカラーン(氷の音byアバンティ)。

「・・・・・・うーんそれがですねぇ・・・・・・これがプロジェクトの当初から出てきたご要望であれば、それを優先する形で構築できたのですが・・・・・・そうですねぇ、今となってはそれを作ろうとすると今までに作ってきたものもすべてやりなおすことになってしまいまして。えぇ、ですので今からではちょっと厳しいんですよ。そこをなんとかご理解頂きた・・・・・はぁ、ただですね。現状のスケジュールで既に工数が一杯一杯になっておりまして、今からそれを組み込むのはその面でも厳しくて・・・・・・それが無いと検収が下りないと申されましても・・・・こちらとしては厳しいとしか言いようがないんですよ、申し訳ないんですが・・・・・・はぁ、はぁ・・・・・・」

 ふぅ、なんか聞いててこちらまで胃が痛くなるような会話でしたねぇ。最後の下りは下請法抵触してる恐れもあるんですけど・・・・・ごめんマスター、もう一杯お願い・・・・・・ありがと・・・・・・ふぅ。

 さて、口直しのウーロン茶飲み干して。だって飲めないもん。

 とある一単語に強調つけさせて頂きましたが、これが今回のテーマだったりします。

 「厳しい」。

 プロジェクトマネージャー側からすれば「厳しい」というのは、暗に「無理」をほのめかしてるというのは言うまでもないことなんですが。言われる側にしてみれば「厳しい」は「無理」ではない。拝み倒すなり脅すなりして押し込めばまだ実現可能なんじゃないか、と捉えられる。喋り手と聞き手で「厳しい」の意味合いが変わってくる。だからこそ上のような堂々巡りが繰り広げられてしまう。

 え?じゃあ単純に「無理です」って言えばいいんじゃないかって?明確に否定すればすむだけなんじゃないかって?

 ・・・・・・そう単純に済む話じゃないんですよねぇ。

 随分前、4年か5年前位だったかなぁ。なんかの飲み会で他社の営業さんとこんな話したことがあって。

「うちの上司、『無理です』と言うとすぐキレるんですよね」
「ん?そりゃまたなんで?」
「多少の無理を飲んででも商談取るのが営業の仕事だろ!って。言うと書類とか湯のみとか飛んできますよ」
「ひえー。でもさ、これは100人が100人絶対無理って断言できるようなのはどうするの?」
「それなんですよねー。断ったら怒鳴られるし。だからできるって言うしかないです」
「まぁなんていうか・・・ご愁傷様で」
「まだうちなんていいですよ。『無理って言ったら始末書』なんてところもあるみたいですから」
「あちゃー」

 ほぼ当時の記憶のまま書き起こしてみました。すいません社名は失念しましたが、もうこの会社潰れた筈なんで問題は無いと思います。多分。

 ここで見逃してはいけないのは、やっぱり「無理って言うな」てのが営業の基礎知識としてどこかしこで脈々と受け継がれてるし、場所によってはそれこそ軍隊訓練のレベルで脳髄に叩き込まれている、ということなんですよね。同業他社との競争でもありますから多少ハッタリかましてででも案件取ってこなければならない。案件取れないことはそのまま食い扶持に直結する。だから背伸びしてでもできると言わざるを得ない・・・ってのは心情的にはわからないでもないんですけど。

 でも無理なものを無理と言ってくれないことによって、最終的に損害被るのは顧客なんですよね。それなのに「無理って言うな」的文化がそこかしこにはこびってるからその文化に従わざるを得なくなる。イコールNOと言えなくなると。

 そう考えると「厳しい」って言葉を連発しなきゃいけないって自体は即ち、YES/NOを素直に言えない歪んだ環境下に置かれてることを示すサインなのかもしれません。

 で、ここまでだったら「ふーん営業も大変なのねー」で終わってしまうんですが。ちょっとそこらの話し声に耳を傾けてみると。

 そっこら中で飛び交ってますな。「厳しい」って単語が。あーやっぱりここも歪んでるってことなのか。♪ゆがんだゆがんだゆがんだゆがんだゆがんだ世界は気持ちーがいーなっ!((c)ECD)歌ってる場合かコラ。

 じゃあもし仮に、そのまんま「無理です」と言ってみたらどーなるんでしょうか。ここいらは簡単に推測がつく。営業とかなら。

「もう客にできると言っちゃったよ!」
「今更言われてもどうしようもないんよ!やれっつったらやれよ!」

 逆ギレか。上司だったらどうなんだろ。

「今更無理だなんて言うな!」
「一度できると言った以上翻すな!」

 同じかよ。

 ていうか逆に安易に想像できてしまうからこそ、無理だと言わなくなっちゃってるってのが実際のところなのかなぁと。結局は上から下からパワーゲームに押し潰されちゃってるってことなんですかねぇ。だからこそ修羅場になって死人が出てもなお、無理なものを無理と言えない土壌に繋がってるのか。うーん、なんかイヤな方向に想像力が及んでしまった。

 さて長々と書いてはきましたけど。どうやってまとめようかな。考えてなかったのか俺。

 実はXP的にはこんなもん、とうの昔に指針は出てたりする訳で。いわゆる「正直になろう」ってヤツですな。無理なものは無理と言うことが、結局はプロジェクトの淀みない運営へと繋がっていく。下手に虚勢を張る必要なんか無いと。現状を見極めてプロジェクトを「運転」していこうと。そんだけ。あとは本読め。いいのか、そんなに突き放して。

 まぁ無論日本全国総XPer的な考えができるんだったら気苦労はしない訳ですが。でもさぁ、逆に聞きたいけど他になんかあるの?あったらこっちが教えて欲しいよ。本当に上司や客からプレッシャーを受けているにせよ、それとも自分で勝手にプレッシャーと思い込んでるのかの違いはあるにせよ、結果的には総ドン詰まりの状態に追い込まれてるような気もしてるからなぁ。

 だったらそんな世界とっととおさらばしてカミングアウトなりドロップアウトなりしてしまえ、位にしか考えられないのは私が無責任でちゃらんぽらんだから?まぁ実際に無責任でちゃらんぽらんだから反論のしようが無いのだが。

 あかんやんけ。


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