裏見積りのスゝメ


 書評ネタが続きますな。本でも引き合いに出さないと、もはやネタ捻り出せないからなのですが。いきなりぶっちゃけんな俺。まぁそれはそうと今回はこれです。「アジャイルな見積りと計画づくり−価値あるソフトウェアを育てる概念と技法」

 総ページ335。豆粒のような文字の小ささで埋め尽くされたこの本、読了するまでにえらい時間を費しました。1週間じゃ読み切れなかったもんなぁ。ただ、それだけの甲斐もあったのか、こちらも随分得るものの多い内容になっていたのではないかと。

 全体的な話をすると、一口に「見積り」っつってもその切り口は多岐に渡るし、どの切り口をどのように見分けるかによって、精度から有効性から、天と地程に差がありますよんっつーのが全編に渡っての主張になっているかと。正しく見極めれば強力な羅針盤となりうる一方で、使い方間違えれば地獄の一丁目へいらっしゃーい、ともなりえると。この点を頭に叩き込んでおけば、この本で紹介されている各手法は、なんらかの形で役に立ってくれるでしょう。なかなかにいい本だと思います。特にナンタラ法だのカンタラ法だの(情けで名は伏せませう)に心からうんざりしてる方は是非ご一読を。

 個人的に収穫の大きかったのは第12章「ユーザーストーリーの分割」。大き過ぎるストーリーをいかに綺麗に分割するかって話なんですけど、これだけ簡潔に(9ページしかない)、しかも明確にガイドラインを示してくれた本って、これが初めてじゃないのかなぁ?

 XPシリーズの各本にしても初心者的説明文にしても、「大き過ぎるストーリーは分割しましょう」とは書いてあっても、どのように分割するかってのは意外とすっ飛ばされてしまっている(もしくはごまかされている)ものですからね。これ、実際にストーリーカード書いてた3年前に読みたかったなぁというのが正直なところでした。

 うん。以上。本の紹介終わり。

 ・・・え?そんだけって?この程度で済むんであればにっきにでも書き殴って終わらせればいいじゃん?

 そうですねぇよく御存じで。各手法の詳細を紹介するだけだったら「本読め」の一言で終わってしまいますし。ていうか本の要約紹介して終わってしまうと、それこそ血反吐吐きながらこの膨大な分量を翻訳した安井さん角谷さんの魂もうかばれません(殺すな>俺)。

 んじゃ話進ませて頂きませうかね。

 んっとね。確かにこの本、読めば読んだだけいろいろと役に立つ気がしてくるんですが。その一方で足元の現実を見れば見る程、その乖離の大きさに愕然としてしまうんです。

 この事は皮肉なことに、この本に記されているオビが端的にかつ見事に浮き彫りにしています。えっと、こんなこと書いてありますな。

 「見積りは確率だが、コミットメントは確率ではない」

 これに対して現在のプレイヤーは、ユーザーもベンダーも、異口同音にこう反論することになるでしょう。いや、例え嫌でもこう言わざるを得ない。

 「見積りに確率なんかいらない。コミットメントこそが見積りの全てだ」

 ってね。

 つまり彼ら(include俺ら)にとって、見積りがどの程度正確になりそうか、どの位まで測定が可能か、そんなことにはこれっぽっちも興味も関心も抱いていなければ、必要性すら感じていないんです。そんなもん邪魔なんです。ていうかそんなもん存在しない方が嬉しいんです。

 完全に価値観が逆なんですよ。つまりこーゆーこと。

 0%が90%に勝てるんですよ、この世界って。しかもフルボッコで。1R17秒KO負けですよ。

 わてらはこの前提条件から始めなきゃならんのです。どないせーっちゅーんじゃ気が遠くなるっつーの。前提条件打ち崩すだけで何十年かかるんだ・・・と、どうしても暗澹としてしまう訳でして。

 ったく夢も希望もありゃしねぇ!お前等結局ソフトウェアの品質だの価値だの、そんなもんどーでもいいんだろ!自分に責任さえ降ってこなきゃそれで万々歳なんだろ!何人脱落しようが自殺しようが知ったこっちゃないんだろ!殺されるこっちの身にもなってみろ!だったらいっそ殺られる前に殺ってやろうか!ふざけんなゴルァ!

 ・・・・・・あぁすんません。無意識にキーボード叩いていたらいつになく攻撃的に。病んでるとか言わないでください図星ですから。自覚してんのかよ>俺。

 とはいえ。まぁこの辺の恨みつらみ言い出したらキリが無いんですよね。おそらくこの方面に関して言えば、実際に客の矢面に立つ営業さんなんかは、それこそ殺意にまで昇華しかねない怨念を抱えているであろうことは想像に難くありませんし。お客さんはお客さんで、何年何十年にも渡って騙されて騙されて騙され続けて散々痛い目見てる訳で。過剰防衛に走る、即ちリスクをゼロにする方策に血眼になるのも仕方が無いという側面もある。結局誰も得をしてないんだよね。関わった全員が全員敗者なレッドオーシャン、というか血の海地獄、というのが現状なのかもしれません。

 ただまぁそれでも余計な一言を追加するのであれば(なので文字小さく)。もう「自分の専門外のことだから」とシステムのことを外部に丸投げするのは、もう既に現在進行形で通用してないとは思いますけどね。自前主義を煽る訳でもありませんけど、自分とこで技術も知識もノウハウも蓄積しておかないと、今後何年も何十年も、ひたすらにカモられるだけになるのは目に見えてるような気がします・・・あ、そっか。数十年も生き延びる意思が無いんだったらそれでも構わないのか。そらまた出過ぎた真似を。失礼しました。

 という訳で。ちょいと冷静になって、ついでに嘲笑気味に現実的視点を重ねつつ、消極的に考え直していきたいと思う訳ですが。どんだけひねくれてんだ>俺。

 実際の話、いくら契約の場で確率論が完全に無視されているとはいえ、巷の詐欺師と一緒になって実現可能性0%の見積りを本当に提示する訳にもいきません。そりゃまぁそうだわな。ハナから実現不可能な約束をいけしゃあしゃあとやってのけられる程、私らの面の皮は厚くありませんし。最後それをやらされるハメになるのは私ら自身です。名実共に自殺行為になるのが目に見えとる。

 したがって、どんなにビジネスの現場では相手にされなかろうが馬鹿にされようが、自分の信用できる方法と感覚によって、0%よりは50%、50%よりは70%と、ちょっとでも実現できる可能性の高いモノを出せるに越したことはありません。

 自分を守る為に、かつ自分の感覚を研ぎ澄ます為に、ビジネス上とはまったく異なる視点の見積りをこしらえる・・・。さながら裏帳簿の如く懐に忍ばせる。そんな「裏見積り」。まずはそこから始めてみてはいかがでしょうか、てのが今回のハイライトでございます。長ぇよここまで。

 じゃあどうやって裏見積りこしらえるべ・・・となって。そこまで来てやっとこさ、上ではさんざ腐らせていたこの本に書いてあるノウハウ群が、鈍く輝き始めるんです。自分の担当範囲内だけででもストーリーを作成してポイントを付加してみる。ストーリーの分割や結合を重ねてストーリーの粒度を揃える。実装進捗をトラッキングしてバーンダウンチャートに落とす・・・。

 たとえそれらが表に出ることはないとしても、これらひとつひとつの行為は、これまでの感覚頼りとは違った、自分の仕事やプロジェクトの現状を映し出す鏡となりえます。ていうか私過去には実際にやってたんでわかるんですが(特にパンク寸前の時にこしらえてたバーンダウンチャート。地味にめっちゃ役に立った)。懐に自衛用のスタンガン忍ばせておくような感じ?とてつもなく自己中心的とは言え、それでも自信ってのも出てくるようになるんですよね不思議なことに。

 主観レベルでとはいえ、それでも精度が高ければ高いだけ、いざ見込みが外れた際に受けるであろうダメージもより細かく計測できます。政治的理由でデスマーチに放り込まれそうになった時に「私はこれはやりません」と自信を持って退却撤退するための心強い材料にもなりえる・・・かもしれません・・・なったらいいな(何故トーンダウンするかは後述)。ただ、なんとなくの予感だけで逃亡してしまうのと、(周りから見れば)自信に満ち溢れた戦略としての撤退とでは、同じ退却でも周りに与える&自分に跳ね返ってくる影響は雲泥の差になると思います。それこそないよりはあった方がいい、ということになる。

 そんな訳で、これ読んで、かつ「アジャイルな見積りと計画づくり」も読んだ奇特な皆さんには、一度騙されたと思って、今手がけている(もしくは放り込まれている)プロジェクトの見積りを勝手にこしらえてみることをお勧めしてみます。なぁに表に出さなきゃ誰に迷惑かける訳でもなし、客や上司にいちいち許可なんか取らなくて構いません。やっちまえやっちまえと。

 んでは最後に裏見積りこしらえる際の注意点を思いつくまま書き殴って、本稿は〆ることにします。

・裏見積りは速度命。見てくれ気にしてる暇があったら実作業に使え。もしくは帰れ。

 これはXPでトラッキングする際に言われる注意事項とも共通するんですけど。完璧主義は禁物です。見積るのに必要な材料が揃い、ある程度の目星がつく結果を見たら、そこで勇気を持って手を止めましょう。間違ってもExcelで綺麗に文章化しようとか無理無駄無謀なことは考えないように。極端な話エディタひとつ、もしくは紙とエンピツと電卓で充分です。

・表あっての裏。

 やはりビジネスはビジネスですから、これまで通りの誤差200%な方法で見積り出せ、と言われることもあるでしょう。が、そこは割り切ってください。ダブルスタンダード気にしたら負け。何食わぬ顔で表見積りもこしらえて、ほとぼりがさめたら表見積りと裏見積りを比較して一人ほくそ笑みましょう。悪趣味とか言わないように。何回かやってると「うわ、実は表の方法の方が正確だった!」なんてこともあるかもしれません。ていうかおそらく出てきます。そしたらそこは、こっそりと盗んで参考にしてしまいましょう。

・ツッコまれても泣かない。

 裏見積りに従って実際に作業していたりすると、どうしても表とは辻褄が合わなくなってしまうこともでてきます(なんでモジュールAがまだ出来てないんだ?とか)。見積りと違うじゃねぇか何やってんだ馬鹿と罵倒されることもあるでしょう。これは比喩ではなくて、実際に罵倒されます。コミットメントが伴うってのはこうゆうことです。繰り返しますが、現状の見積りってそれ程までに強大な拘束力を伴ってます。

 必然的に生じることになる、実施段階での乖離をどうやって打開するか・・・。これはおそらく、その時のあなたの自信と根拠如何で変わってくると思います。

 ある時は「すんませーん思ってたよりも難しくて・・・」と演技混ぜながらごまかし切ることがベターなのかもしれません。モジュールAの(表に対する)遅れは想定の範囲内。これさえクリアできればモジュールBもCもDも実はできたも同然・・・な推測が、あなたの裏見積りからだけは読み取れるなんて場合はこうゆう対処が可能になるのでしょう。

 あるいは表でも無理、裏でも無理、どーやったってこいつは無理、という状況になってしまうかもしれません。その時には恥も外聞もなく、アラートを発する助けを求めた方がいい、ということになっているのかもしれません。

 ただいずれの場合においても、奥の手と言わんばかりに裏見積りを完全公開して相手に納得してもらうのはおそらく難しい、ということを覚えておいて下さい。相手がその道具の存在価値を認めていない以上、裏見積りを検討材料として採用してくれる望みは極めて薄いと言わざるを得ません。まぁこれも割り切るしかなさそうですね。

 確かに裏見積りが今やってるプロジェクトへの道標になればそれに越したことはないのですが。それよりも「こっそりと実績作り」というのを優先した方がいいのでは、と思ってます。ぶっちゃけ本物に乗じて練習してしまえと。練習の質という点で言えば、そこらの架空のプロジェクトであーだこーだやってしまうよりも、本物のプロジェクトを使った方がいいに決まってますし。あーだこーだとやりくりして、各種数値やノウハウの類を蓄積すること。そして「これは使える」と自分の中で確信に変えること。そっちの方を優先する位でちょうどいいんじゃないかなと。その位のスパンで気長に考えておく位でちょうどいいのかもしれません。

 と、こんな感じになるのかなと。まぁ冒頭でも愚痴りましたけど、今日明日の内にアジャイルな見積りが通用する世の中になるとは思えない以上、十年二十年単位の長期スパンでやっていくしかないんでしょうなぁと。皆さん頑張ってください。他人事かよ。

 まぁ実際の話、他人事なんだと思います。返す返すも、せめてあと3年早くこの本読めていればなぁ・・・。

 いや、時期云々の話じゃないのか。

 もう私には、そんな気力残っちゃいないんで。

 んじゃ、あとはよろしく。


 新着順INDEX 分類別INDEX
Top