狂奔の炎、沈黙の闇。


 うーん、この本は久々にいろんな気付きがあったよなぁ。んな訳でお久し振りでございます。今回はこれ、「ボーアウト 社内ニート症候群」を取り上げさせて頂きたく。既に勢いに任せて写経してるので、必要な方はこちらもご参照を。もっとも本読んでないと訳わかんねぇという説もありますが。

 さて。この本をお勧めとして挙げた時、どうやら「なんでこれ?」的な反応もあったみたいで。とうとうこの野郎とち狂ったかと。狂ってるのは元からですので放っておいてください。そうじゃなくて。

 一応念のためにボーアウトの定義を改めて引用しておきましょうか。

「ボーアウト」とは、「バーンアウト」と同じく英語からの造語で、仕事に退屈しきっている状態を指す。職に就いていながら、いわば「ニート」のような状況にいることであり、「社内ニート症候群」とも似ている。(p.2)

 こんな感じ。

 いやだからさ、何故にボーアウトなの?やれデスマだサビ残だ過労死だ言ってるこの業界で、ボーアウトになる要素なんか皆無じゃね?と、こんな反応が出てくるのは仕方の無いことなのかもしれません。

 が、ここは改めて力説させて頂きます。バーンアウトが頻発する一方で、ボーアウトもまた、常態化しています。デマルコ師匠曰く、燃え尽きてそれでも会社を離れず、もはや会社には何の貢献もしていない、そんな人達のことをゾンビと表現しています(byゆとりの法則)。さいです、ボーアウトってのは、成れの果てと化したゾンビの生態そのものなんです、と言えばピンとくる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 何故あの人はあんなにつまんなそうに仕事してんの?
 ていうか本当に仕事してんの?
 あの人達に仕事させるためにはどうすりゃいいの?

 この解を求める為には、彼らが内で何を考え何を望んでいるのかを知る必要があるのですが。これがまたどうして、知れば知る程冷たく暗い深い闇に気付いてしまう訳で。根底にあるのは永遠に続くんじゃないかとすら思う程の絶望感です。これを氷解させなきゃならない訳ですから、一筋縄じゃいきません。ひょっとしたらこれまでに言われていた「マネジメント」「管理」つー概念そのものすらも、変えていかないと、ボーアウトは解決しないかもしれない、いやそれどころか今後もボーアウトを増殖させる一方なのかもしれない・・・。

 とまぁ散々煽っておいたところで。まずは今一度、今回のこの本で得られた気付きとやらを主観メインで書き出してみませうかね。まずは極めて当たり前で、全業種全職種に当てはまる筈なんだけど、何故か誰もが目を逸らすこれ↓。

・各作業者が許容できる、快適にかつ効率的に仕事できる仕事量/質のレンジ(上限と下限)は極めて狭い。

 もちろん多過ぎたら気が狂う(バーンアウト)、一方で少な過ぎても腐っていく(ボーアウト)、てのが基本線なんですけど。じゃあこれを「不満の無い範囲内」に収めようとすると、これが極めて難しい、ていうか事実上の無理難題になってしまう、というのは割と皆さん同意して頂けるのではないでしょうか。自らの適正な仕事量/質を把握することも難しければ、自分に降ってくる量/質も不安定。ましてや他人の適正な仕事量/質なんて、どーやって把握すりゃいいんじゃ、となってしまう訳で。結局は会社のこなして欲しい仕事量/質が優先され、個人の適正量/質なんざどこかに吹き飛んでしまう。その結果ある者はバーンアウトで潰れ、ある者はボーアウトで腐る・・・というのが、どこかしこで起こっている実情なんだと思います。

 ということはだ。結局は、今までやらなきゃやらなきゃと思いつつ、結局ほったらかしになってしまっていた、個人レベルに合わせた仕事量/質の適正化ってやつにそろそろ手を付けないと、いいかげんマズいんじゃねぇの?ただでさえ3K7K言われてんのに、これ以上汚名一人占めにしてどうすんの・・・というのがまず大きな主張のひとつ。

 で、これでもまだ「はぁ?」と仰られる方のために、この業界ならではのボーアウトの特徴ってのをふたつ程挙げておきましょうかねと。これでもまだ放置する?というか放置する勇気がありますか?という意味合いも含めて。

 まずはこれ。

・一度でもバーンアウト(またその一歩手前)を経験してしまった人は、リバウンドでボーアウトにはまってしまう可能性が高い。

 えっと上の説明では仕事の多い少ないがそのままバーンアウト/ボーアウト、ということなんですが。実際にはそんな単純なプロセスじゃないよなぁとも思ってまして。だって大抵の人はこの業界に入って一度や二度の洗礼を受けるでしょ?徹夜したり休出したり。そのままデスマーチに突入したり。そうです、大抵の人はまず仕事が過大になっていくと。そんでもって、なんとかかんとか血反吐吐きながらデスマを終了または回避致しましたと。普通の人ならここでやっとこさここで一息、ということになりますわーな。

 実はここが一番危ないタイミングなの。これまではひたすら「仕事しろ」一本槍の上方圧力だったのが、これに加えて自己防衛の下方圧力が加わるようになる。これが曲者なんですな。感情の根本は「もうあんな思い二度としたくない」という恐怖心。子供に植えつけるトラウマみたいなもんだと思ってくれればよろし。

 となると、知らず知らずのうちに、本人達の中で、この下方圧力が肥大化してしまうんですね。デスマ嫌デスマ嫌・・・そう思っていたらいつの間にやらボーアウト。どうでしょう?身の回りにいませんでしたそんな人?もしくは貴方自身がそうではありませんか?あくまで個人感ではありますが、バーンアウト未遂を経由してボーアウトに陥る人って、実はかなりの相当数に上るのでは・・・?と踏んでいるのですが、如何でしょうかね?

 んでもって、更に事態をややこしくすることになるのがこの点↓。

・業務内容の専門性が高まるのに比例して、その人がボーアウトであることを発見できる可能性が絶望的に低くなる。

 本書の中でも「ボーアウトに陥った医者」を例示していますが(p.108)、これに負けず劣らず、外部から見て「こいつボーアウトだ!」と見抜くのが困難な職種だと思います。プログラマ然りエンジニア然り。

 だって仕事道具であるころのPCと常に一心同体ですぜ?少なくとも観察する側に、同程度の技術・実力を有していないと、今彼が何をやっているのかの判断すらまともにできない(この部分で世間一般の大部分が脱落)。仮に「わかってる」人が見たところで、そこは裏技(*1)を駆使した駆け引きの世界になってしまう。この駆け引きに勝たない限り、その人が何をやってるのかはいつまで経っても闇の中なんですよ。この辺りは経験的にも非常によくわかります。

 (*1)本書で登場する重要キーワード。仕事しているフリをするための様々なノウハウのこと。

 ですので、デマルコ師匠の言ってる「ゾンビ」というのは裏技を使って自分と他人をゴマかすことすら放棄してしまった、ボーアウトの末期も末期、手の施しようのない廃人同様の状態、と言い直すことができるのかもしれません。さながら使い捨てられたボロ雑巾。

 ボーアウトの症状的に初期や中期であれば、まだ本人に自覚を促したり、周りが手をさしのべることで、回復する見込みもあるのかもしれません。しかしながらそれができない訳ですから、発見した時には既に手遅れ、転移しまくりのガン細胞の如く、体も心もボロボロにならないと本人にも周りにも発見できないなんてことになってしまう。実際自覚云々言うよりも、まずは病院・・・といった所まで追い込まれてしまう。職業特性ならではの悲劇、なのかもしれません。

 

 ・・・てな具合で、ここまで如何にボーアウトが恐しいものなのか、ってのを列挙させて頂きました。もっと詳細に知りたい人は本読んでくれってことでまずはここで区切りにしておきます。

 さて、冒頭の提議に戻りますか。じゃあどうやってボーアウト防ぐねん、という話になるのですが。

 ごめんなぁ。実はここまで書いておいて何ですけど、じゃあ具体策となると・・・うーん、と腕組みして思考停止してしまう部分ってのがあります、正直な話。

 だってそうじゃね?今の日本の平均的なレベルの職場環境やマネジメントの現状では、ボーアウトどころかバーンアウトの予防、防止すらロクにできないってのが現実な訳で。これ以上「彼ら」に何を期待できる?仮に何かができると微かな希望を無理矢理持ったところで、「俺ら」は「彼ら」に何を提供できる?

 それに「彼ら」にしたって、上司なり管理側なり経営陣なり全部ひっくるめてですけど、今更こんなこと言われたところで、これ以上金も時間も知恵も何もつぎ込めないってのが正直なところなんだと思います。ただでさえパンパンなのにそんな事まで頭周るかボケ!ごちゃごちゃ言ってねぇ仕事してくれ頼むから!と逆ギレされるのが関の山。それこそ全員死相浮かべながら仕事しとる。この状態で何を言えばいいんだっつーのも現実でありますわーな。ボーアウト予防の為に管理職の仕事増やしたらバーンアウトしました、じゃ本末転倒。実際にありそうなだけにイヤですが。

 ですのでその辺りも踏まえつつ、あくまで「ひょっとしたらできんじゃね?」的な提案かつ推測な話しかできないのではありますが・・・それでも言わないよりはいいかってレベルで軽く目を通して頂ければと。

 本書で述べているボーアウト脱出の処方箋は極めてシンプルになっています。「頭を下げて仕事を貰え」と。ただ複雑な闇を抱えてしまったボーアウトな本人に取ってはこの一言を言う位だったら失踪します退職します自殺します的なところまで追い込まれてしまってる。じゃあこの一言を言うためにどんな思考をしていけばいいのでしょう・・・的な締め方をしているのですが。

 ただその一方で、こんなことも考えるのよ。そもそもボーアウトにしたってバーンアウトにしたって、仕事量/質のバランスが崩れることが根本であると。

 ということは。もはや今までの「(部下に)仕事を与える」「(上司から)仕事を貰う」という考え方、即ち「アサインする」「アサインされる」ってこと自体が制度疲労、もしくは腐食しきって崩壊してるんじゃねぇのかな?なんてことも考えてしまう訳で。さっきも言ったでしょ?どこが適正な量/質なのか、周りは勿論本人にも把握できねぇと。労働基準法ですらまともに守れないモラル崩壊の中で、こんな上級レベルな管理ができる組織が日本国内にありますかね?(偏見)

 だったらそこはもう白旗上げるしかないのではないかと。

 では、このやり方自体を変えてみては・・・?仕事をやらせる強制力を上司から取りあげるのと同時に、「仕事をやらせろ」というプレッシャーから上司を開放してあげる。部下は部下で仕事を自発的にする仕組みを手に入れる一方で、その仕事に対する自覚と責任を引き受ける・・・。そんな仕組みが必要になってくるのかなぁと。

 その答え、とまでは断言できなくとも、手がかりになりそうなのが、「ストーリーボード」なのかなぁ・・・と考えるんですけどね。XPで言えばストーリーカード、プランニングゲーム、サインアップ。SCRUMで言えばプロダクトバックログにスプリントバックログ。これ両方とも、仕事をする側させる側の両方から、一時的にとは言え、仕事を「取り上げ」てますよね?これからやらなければならない仕事のリストが嫌が上にでもメンバー全員に「晒される」。その上で仕事する側が改めて「自分の意思で」進める仕事を選択し完遂させる・・・。

 どうでしょうかね?なんとなくですけど、効きそうな気がしません?少なくともボーアウトにはメリットありそうな気がしますけど。まず何よりも上司に頭を下げずとも仕事を貰うことができる。それも自分の意思で選択できる。その一方でひとつもストーリーを選択しないということも考えられない。逆のバーンアウトに対してもそうですよね。全てのストーリーにサインアップするなんてことしようもんなら、即座に他メンバーが制止できますし。

 何度でも言いますが、個人にとっての適切な作業量/質が把握できない以上は、周りのメンバーの仕事量、プロダクト全体の進捗状況といった複数の判断材料を付加して、相対的に比べる&繰り返す。これ以外に、そうそう策はないような気がします今のところ。いっその事、これまでのマネジメントそのものの限界を認める、といったことも必要になってくるのかもしれません・・・と。

 まぁこんな感じなのかな。今の私に言えることは。例の如く結論は読み手さんに丸投げしてしまいますので、あとは各々で考えてみてください、つー感じになってしまいますかね。

 

 

 

 

 以上本編ここまで。こっからは完璧に蛇足なので適当に読み飛ばしてください。

 なんで私がボーアウトに注目したかっつーと。理由かなりシンプルかつ主観的。私自身が、間違いなくボーアウトだからです。

 特に去年(2008年)の下半期、マジでヤバかった。本で挙げられている裏技、ほぼ全項目余裕で使いこなしてました。もはやウジ虫(*2)同然。公私共々根っこまで腐りきってました(おそらく現在進行形でもまだ腐ってます)。これ書いてる現在はまだ幾分マシにはなってきてはいるのですが、それでもブランクは取り戻せていませんね。というか致命傷になってしまった感も最近はしつつ。やっぱそんだけ実績も評価も低いっすよ。汚名返上したい気力ももうありません。

 (*2)本書曰くボーアウトのチャンピオンのこと(p.122)。

 だからなんでしょうね。本読んでて幾度となく「お前は俺か」と突っ込みたくなりましたもん。そんだけ描かれている心象が酷似してましたんですな。なーるほどなぁ、こうやって腐っていったんだなぁ、と自分を観察しているような気分でした。

 この更新自体、ほぼ1年振りとなる訳なんですが、なんでそこまで放置してしまったか。考えてみればおそらくボーアウトだった(である)ことも、主因のひとつになるのでしょう。そりゃそーだ。自分の仕事すらロクにこなせねぇ輩が、何を偉そうにへらず口叩くかっつー話な訳で。ですので今後またペース戻していくかどうかってのはまだ未定です。次の更新はまた来年っつーこともあるのかもしんない。今のうちに謝っておきますねごめんちゃい(誠意ゼロ)。

 最近はもっぱら「なんでこんなんなっちゃったのかなぁ」を自問自答しては、時をムダに食い潰して過ごしてます。で、考えれば考える程。

 システム開発というおしごと自体に、もはや興味も、希望も、やりがいも喪失してしまっているのかもしれないなんですよね。

 まだ言い切る自信は無いので言葉としてはごまかしてますが。これまでぼんやりなぁなぁとやり過ごしていた物々と、いいかげん対峙しなきゃならない時が来ているのかもしれません。去年書いたこれじゃないですけど。情熱無ければ去れと。

 まぁそんな訳で。私みたいにはなっちゃ駄目よん、という意味合いも込め、久々の更新ということにさせて頂きたく思います。オチも思い浮かばないので投げっぱなしで終了ーーー。


 新着順INDEX 分類別INDEX
Top